すんでいるんだと思う」
 このときまたもや、おそろしい咆哮《ほうこう》の声がきこえた。
「ああ、フハンが猛獣《もうじゅう》と戦ってるんじゃなかろうか」
「だが洞の入り口がわからないから、助けにゆけないね」
 とイルコックがいった。
 富士男はもう一度|壁《かべ》に耳をつけたが、その後せきばくとしてなんの音もない。
 不安な一夜をすごして、翌朝ドノバンらは湖《みずうみ》のほとりに、フハンをさがしにいった。富士男とバクスターは例のごとくトンネルをほりつづけた。午後の二時ごろ! 富士男はつるはしをとめてとつぜんさけんだ。
「どうもへんだぜ」
「なにが?」
 とバクスターはいった。
「このトンネルがほかの洞穴《ほらあな》へつきぬけそうな気がする、なにがとびだすかもしれないから、みんな注意してくれたまえ」
 ドノバン、イルコック、ウエップらは、手に手に武器をとって身がまえた。年少者はことごとく洞《ほら》の外へ避難《ひなん》せしめた。
「やあ、これだ」
 富士男のうちだすつるはしとともに、ぞろぞろと大きな岩がくずれて、そこに洞然《どうぜん》たる一道の穴があらわれた。
「やあ」
 声とともにがらがらと地ひびきをさせて驀然《ばくぜん》おどりだしたる一個の怪物が、富士男の顔をめがけてとびついた。
 それはフハンであった。
「やあ、フハン!」
 一同のおどろきは喜びの声とかわった。フハンは主人のほおをひとなめしてから、身を転じてバケツの水をしたたかに飲み、それから主人をさそうもののごとく、顔を見あげた。
「だいじょうぶか」
 と富士男は笑いながらフハンにいった。フハンはもう一度主人のひざに、頭をすりつけた。
「だいじょうぶらしいよ、諸君、ちょうちんを持ってくれたまえ」
 ゴルドン、ドノバン、イルコック、バクスター、モコウらは、ちょうちんをともしてトンネルに進んだ。そうしてくずれた穴をくぐって、つぎの洞《ほら》へはいると、そこは山田の洞と同じ高さで、二十|畳敷《じょうじ》きばかりの広さである。だがこの洞の入り口はどこにあるだろう、イルコックは壁のすみずみをみまわしたとたんに、なにものかにつまずいて、たおれそうになった。
「なんだ」
 ちょうちんに照らしてみると、まぎれもなきジャッカル(やまいぬの属《ぞく》)の屍体《したい》であった。
「ああジャッカルだ」
「フハンがかみ殺したんだ」
「すてきすてき、こんどこそごちそうだ」
 とモコウはいった。そうしてサービスにむかい、
「それともきみは、このジャッカルを乗馬にしますかね」
「いくらなんでも死んだものには乗れないよ」
 とサービスはまじめな顔でいった。一同は笑った。
 だがえものはこれだけでなかった、富士男はこの壁のすみに、洞《ほら》の入り口があることを発見した、この入り口から外へ出ると、ちょうど湖のほとりになっていた。
 翌日からバクスターの設計《せっけい》で、この新しい洞と、古い洞との連絡《れんらく》をひろげ、入り口にはサクラ号からとってきたとびらをとりつけた。
 バクスターはさらに思いをこらして、旧洞《きゅうどう》はもっぱら台所、食堂および物置きにあて、新洞《しんどう》は寝室および読書室となした。
 毎日毎日寒い風が吹きつづいていたので、洞外《どうがい》の工事ができなくなった、だが二週間ののちにはいっさいの設備《せつび》が完了した。だが一同が救いの船を得るのはいつのときか、あらかじめはかりがたい。それまでむなしく遊び暮らすはもったいない話だと、ゴルドンがいいだした。そこで一定の時間をきめて、課程《かてい》を学習することとなり、年長者はそれぞれ年少者に教えるべく、分担《ぶんたん》をきめた。
 六月十日の夕、晩餐後《ばんさんご》の雑談はことにうれしかった。年少者のドールはとつぜんこういった。
「ぼくらが住んでるこの島にも、いろいろ名があるの?」
「無人島だから名はないかもしらん」
 とゴルドンは答えた。
「でも、名がないとこまるじゃないの? ぼくらのこの家だって、なんという町かわからない」
「それはもっともだ、諸君、今夜みんなで相談して、名をつけようじゃないか」
「賛成賛成」
「モコウ! 命名式だからコーヒーをごちそうしてくれたまえ」
 モコウがつくってくれたコーヒーに舌つづみをうって、一同はストーブをかこんだ。
「まず順序《じゅんじょ》からいうが、ぼくらが第一番に漂着《ひょうちゃく》した港は、船の名にちなんで、サクラ湾としたいと思うがどうだ」
 とドノバンはいった。
「賛成賛成」
「ぼくらがこの洞《ほら》を発見したのは、山田左門先生のおかげだから、左門洞《さもんどう》とつけたいね」
 と富士男はいった。
「賛成賛成」
「サクラ湾《わん》にそそぐ川は?」
「ニュージーランド川としよう」
「湖は?」

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