暮れたが、船中でるすをしていたゴルドンは、たえず船の上からのろしをあげていたので、四人はそれを目あてにぶじサクラ号に帰ることができた。
 その翌日、一同は甲板《かんぱん》に集まって、遠征隊《えんせいたい》四人の報告をきき、いよいよ冬ごもりの準備にとりかかることにきめた。
 山田の地図によると、この島は東西十里(四十キロメートル)南北二十里(八十キロメートル)であるが、山田がこの島で一生をおわったところをもってみると、訪《と》う人もなき絶海《ぜっかい》の孤島《ことう》にちがいない。しかも秋はすでに去らんとして冬は眼前にせまっている、烈風《れっぷう》ひとたびおそいきたらばサクラ号はまたたくまに波にのまれてしまうだろう。
「だからいまのうちに山田の洞《ほら》にひっこさなければならん」
 とゴルドンはいった。
「ひっこすといっても、船の諸道具《しょどうぐ》や食料などを運ぶには、少なくとも一月《ひとつき》はかかるだろう。そのあいだ、みなはどこに宿るか」
 とドノバンはいった。
「河のほとりにテントを張ることにしよう」
「それにしても、この船をといて洞《ほら》まで持ってゆくのは、なかなかよういなことではないよ」
 なにかにつけて他人の意見に反対したがるドノバンはいった。
「きみのように反対ばかりしては、仕事がはかどらないよ。人の意見に反対するなら、まずきみの意見をいってくれたまえ」
 と富士男はいった。
「ぼくは洞穴にひっこんで冬ごしをするよりも、このまま船のなかにいるほうがいいと思う。船におればここを通る船に救われまいものでもない」
「それにはぼくは賛成《さんせい》ができない。このばあい、ほかから助けを待つべきでない。ぼくら自身の力で、ぼくらの生命をまもる決心をしなければならん」
「それでは永久に洞穴のなかにいて餓死《がし》するつもりか」
「餓死するつもりではない、ただぼくらはいかなるばあいにも、他人の助けをあてにせず、自分で働きたいと思うだけだ」
 ドノバンと富士男はまたしても衝突《しょうとつ》した。
「ドノバン君、ぼくらのサクラ号はもう半分以上こわれかけてるんだ、船にとどまるといってもとどまれないのだ。だからぼくらは洞穴のなかで冬をこして、その間にここへ旗《はた》を立てておけば、通航《つうこう》の船が見つけて助けてくれるかもしれんじゃないか」
 ゴルドンは両者のあいだにはいってなだめるようにいった。ドノバンはしいて反対をしてみたものの、心のなかではそれよりほかに策《さく》がないことを知っていたので、沈黙《ちんもく》してしまった。
 衆議《しゅうぎ》一決のうえはいよいよ貨物運搬《かもつうんぱん》にとりかからざるをえない。富士男の推薦《すいせん》でいっさいの工事は仏国少年バクスターに一任し、一同はその指揮《しき》にしたがうことにした。バクスターはへいそあまりものをいわないが、勤勉《きんべん》にして思慮《しりょ》深く、生まれながらにして、建築《けんちく》の才能があった。富士男がかれを推薦《すいせん》して工事の部長としたのはむりでない。
 ものの順序《じゅんじょ》としてバクスターはまず川の右岸にテント小屋を建てることにした。川のほとりに繁茂《はんも》するぶなの木の枝と枝のあいだに、長い木材をわたして屋根の骨をつくり、それにテントを張り、そこに火器《かき》弾薬《だんやく》その他いっさいの食料を運んだ。そのつぎにはいよいよ船体の外皮《がいひ》をとかねばならぬ。船の外皮は銅板《どうばん》で、これは後日なにかの役にたつからていねいにはぎとった。しかしそのつぎには鉄骨《てっこつ》があり、船板があり、柱がある。それらをとくのはなかなかよういなことでない。
 しかしさいわいなるかな、四月二十五日の夜、とつぜん大風吹きつのって、天地もためにくつがえるかと思われたが、夜が明けてから浜辺へいってみると、サクラ号はめちゃめちゃに破壊《はかい》されて、大小|数限《かずかぎ》りもない木片は、落花のごとく砂上にちっていた。一同はなんの労するところなくして、船をといたようなものだ。
 その日から一同は毎日毎日木片を拾いあつめては、エッサモッサ肩にになって天幕《テント》に運んだ。読者よ、いかに勇気あるものといえども、かれらの年長は十六が頭《かしら》で、年少は十歳である。かれらの困苦《こんく》はどんなであったかを想像《そうぞう》してくれたまえ。
 かれらはいずれも凛々《りんりん》たる勇気をもって、年長者は幼年者をいたわり、幼年者は年長者の命令に服し、たがいに心をあわせて日の暮るるも知らずに働いた。ある者は長い木材をてこにして重いものをおこすと、ある者は丸い木材をコロにして重いものをころがしてゆく、肩にかつぐもの、背にになうもの、走るもの、ころぶもの、うたうもの、笑うもの、そ
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