として、もしこの地が大陸につづいているなら、かれはここに長くとどまらずに、もっともっと内地のほうへ進んでゆきそうなものだ、それもせずにここで死んだのは、この地がはなれ島であるしょうこでなかろうか。
この人さえも救いをえずに、ここで死んだとすれば、ぼくらもとうてい救われる道はあるまい。
 四人はふたたび洞穴へかえって、いま一度、内部をくわしく検査することにした。洞穴の四方の壁は花崗岩《かこうがん》で、すこしの湿気《しっけ》もなく、また海からの潮風もふせぐことができる、内部は畳数《たたみかず》二十三枚だけの広さだから、十五人の連盟《れんめい》少年を、いれることができる。
 一同はそれから、すみずみからいろいろな器具を発見した、そのうちにドノバンが夜具《やぐ》をうちかえすと、一さつの手帳があらわれた。
「やあ、これはなんだろう」
 サービスは顔をよせて、手帳をのぞいた。
「なんだかわからない字だ」
「エジプトの字だよ」
「支那《しな》の字だ」
 三人がののしりさわぐのをきいて、富士男もそばによった。
「なんだろう、これは」
「どれどれ」
 富士男は手帳をちらと見た。
「やあ日本の文字だ」
 一同はおどろいて富士男の顔を見やった。
「ぼくの国の文字だ、ぼくはニュージーランドで生まれたけれども、父と母に日本の字を習ったからよく読める、だがこれは紙が古くなり字が消えてるから、読みようがない、しかし……」
 かれはしずかにページをくって、おわりのほうを読んだ、それはとくに大きく書いてあったので、やっと読むことができた。
「山田左門《やまださもん》」
「山田?」
「山田!」
 声々がいった。
「さっきのぶなの木にきざんだS・Yは、やっぱりそれだった」
 と富士男は説明した。
「そうか日本人か」
 人々はますますおどろいた。万里《ばんり》の異域《いいき》に同胞《どうほう》の白骨を見ようとは、富士男にとってあまりに奇異《きい》であり感慨《かんがい》深きことがらであった。
 と、ドノバンは手帳のあいだから一枚の紙をみつけた。
「地図だ」
「おう」
 破《やぶ》らぬようにしずかにひらくと、疑いもなく地図である、それは山田がとくに念入《ねんい》りに書いたものらしい。四人はひと目それを見るやいなや、一度に声をあげた。
「やっぱり島だ」
「うん、島だ」
「四方が海だ」
「島だからゆきどころがなくなって死んだのだ」
「ぼくらもだめかなあ」
 ぼうぜんと立ちつくす三人をはげまして、富士男は洞穴を出て、もとのぶなの木の下にきて地をほり、ていねいに白骨を埋葬《まいそう》した。
「ねえきみ」
 と富士男は感激《かんげき》の眼に涙をたたえて、三人にいった。
「日本は世界じゅうでもっとも小さな国だが、日本人の度量《どりょう》は、太平洋よりも広いんだ、昔から日本人は海外発展に志《こころざ》して、落々《らくらく》たる雄図《ゆうと》をいだいたものは、すこぶる多かったのだ、この山田という人は通商《つうしょう》のためか、学術研究のためか、あるいは宗教のためか、どっちか知らないが、図南《となん》の鵬翼《ほうよく》を太平洋の風に張った勇士にちがいない、それが海難にあって、無人境の白骨となったとすれば、あまりに悲惨《ひさん》な話じゃないか、だがけっして犬死《いぬじ》にでなかった、山田は数十年ののちに、その書きのこした手帳が、なんぴとかの手にはいるとは、予期《よき》しなかったろうと思う、絶海《ぜっかい》の孤島《ことう》だ、だれがちょうぜんとして夕陽《ゆうひ》の下に、その白骨をとむらうと想像《そうぞう》しえよう、それでもかれは、地図をかいた、その地図は、いまぼくらの唯一《ゆいつ》の案内者となり、その洞穴は、いまぼくらの唯一の住宅となった。ぼくははじめて知った、人間はかならずのちの人のために足跡をのこす、いやのこさなければならんものだ、それが人間の義務だ、だからぼくらものちの人のために、りっぱな仕事をして、りっぱな行ないをつまなければならん、人間はけっして、ひとりでは生きてゆけない、死んだ人でも、のちの人を益《えき》するんだからね、ぼくはいまそれがわかった、きみらはどう思うかね」
「むろん賛成《さんせい》だ」
 とサービスがいった。
「みなでこの恩人《おんじん》に感謝《かんしゃ》しようじゃないか」
 四人は一|抔《ぼう》の土にむかって合掌《がっしょう》した。

     協力

 殉難《じゅんなん》の先人山田左門の白骨をぶなの木の下にほうむった四人は、山田ののこした地図をたよりに洞外《どうがい》に流るる河にそうて北西をさしてまっすぐにくだった。ゆくときの困難《こんなん》にひきかえて、帰りは一歩も迷《まよ》うところなく、わずか六時間でサクラ湾《わん》の波の音をきくことができた。もう日はまったく
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