いとく》を思うとともに、ぼくらもまた、第二の左門先生となりたいものだ」
「賛成賛成」
少年の声は一度におこった。船はしずかにニュージーランド川をくだる。
オークランド岡が森の陰《かげ》にきえたとき、一同の顔にさびしい色がうかんだ。明け暮れここで死活をともにした十五少年の二ヵ年、斯山斯水《しざんしすい》、なじみの深いこの陸地と、いま永久に別れるのだ。人々の眼に涙がうかんだ。
その夜はサクラ湾に一|泊《ぱく》して、翌朝|船尾帆《せんびほ》と船首の三|角帆《かくほ》を張っていかりをぬいた。船はしだいしだいに南方にむかい、八時間ののちには、南の岬《みさき》をめぐって、チェイアマン島を北方地平線に見送った。
二月のなかばにはすでにスミス海峡をすぎて、マゼラン海峡の入り口にきた。右方にはセントアーン山高くそびえ、左方にはボウフナルト湾のきわまるところに、参差《しんし》として白雪が隠見《いんけん》している。これはかつて富士男が希望湾から望み見た、白点であった。
イバンスの目算《もくさん》は、フロワード岬をすぎて、パンタレーナまでゆくつもりであったが、だが二十日の朝、みさきにあったサービスがとつぜんさけんだ。
「煙だ煙だ」
「漁船の火だろう」とゴルドンがいった。富士男はするすると帆柱《ほばしら》にのぼってさけんだ。
「汽船だ!」
いかにもそれは汽船であった。船は八、九百トン、まさに一時間十一、二|浬《かいり》を走っている。少年らは手に手に銃をとって連発しては、また歓呼《かんこ》の声をあげた。汽船は銃声をきいてわが船に気がついたか、しずかに方向を転じてこちらに近づいた。
十分間ののちには少年らのボートは、勇ましく汽船の下につながれた。汽船の名はグラフトン号で、豪州《ごうしゅう》航行の中途《ちゅうと》であった。船長ロングは、さっそく一同を本船にむかえいれ、その遭難《そうなん》のてんまつをきいた。
「おうそれじゃ、一昨年ゆくえ知れずになったので、新聞をにぎわしたサクラ号の少年諸君が、ぶじであったのか」
船長はおどろいていった。
「そうです、それはぼくらです」
「よし、それでは諸君のために、航路を変じてオークランドに直航《ちょっこう》し、諸君を本国へ送ることにしよう」
情けある船長のとりはからいにて、これから一路|平坦《へいたん》砥《と》のごとき海上を談笑指呼《だんしょうしこ》のあいだにゆくことになった。
三月三日! 汽船はぶじオークランド湾についた。かえりみれば一昨年二月十四日の夜、ここを流れでてから満二ヵ年あまりになった。
「サクラ号の少年たちがぶじ帰国したぞッ」
この声がニュージーランドのすみからすみにつたわった。少年たちの父母は死んだ子が再生したとばかり、取るものも取りあえずはせあつまっては、抱きしめだきしめ接吻《せっぷん》の雨を降らした。
新聞社は特大の活字もて、このめずらしき冒険《ぼうけん》少年の記事をかかげた号外を発行した。ニュージーランドの市街《しがい》は、少年連盟のために熱狂した。
富士男は毎日毎夜、諸学校、諸倶楽部《しょクラブ》等の依頼に応《おう》じて、遭難《そうなん》てんまつの講演にいそがしかった。その会場はいつも満員で、市民はせめてその顔なりと一目見ようと、門外にたたずむもの何千人をもってかぞえられた。富士男が克明《こくめい》にしるした遭難日記が出版された。それは見る見る売り切れとなって、全国の少年はこの日記を読まないことを恥とした。日記は仏《ふつ》、独《どく》、英《えい》、日《にち》、の各国語に訳《やく》された。
オークランドの市民は、イバンスのために義捐金《ぎえんきん》を集めて一せきのりっぱな商船を買い、これにチェイアマン号と名をつけておくった。
ケートは富士男、ガーネット、イルコックらの父母から、しきりに永久客分として招聘《しょうへい》せられたが、かの女はいずれにも応《おう》じなかった。そこで十五少年の父母は醵金《きょきん》をしてケートのために閑雅《かんが》な幼稚園を建て、その園長に推薦《すいせん》した。
まもなく市民は大会を開いて、十五少年|推奨《すいしょう》の盛宴《せいえん》を張った。そのとき市長ウィルソン氏の演説大要は左のごとくであった。
「いま十五少年諸君の行動を検《けん》するに、難《なん》に処《しょ》して屈《くっ》せず、事に臨《のぞ》んであわてず、われわれおとなといえども及びがたきものがすこぶる多い。そもそも富士男君の寛仁大度《かんじんたいど》、ゴルドン君の慎重熟慮《しんちょうじゅくりょ》、ドノバン君の勇邁不屈《ゆうまいふくつ》、その他諸君の沈毅《ちんき》にして明知《めいち》なる、じつに前代未聞《ぜんだいみもん》の俊髦《しゅんぼう》であります。とくに歓喜《かんき》にたえざるは、十
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