から百メートルばかりをへだてた雑草のなかにたおれており、ロックは、かつてイルコックが、またまたおおくのだちょうをいけどろうとほっておいたおとし穴のなかにひっかかっていた。
「見よ、悪業《あくごう》の天罰《てんばつ》を」
 と富士男はいった。一同はいまさらながら、天網恢々《てんもうかいかい》疎《そ》にして漏《も》らさずという古言《こげん》を味わった。
 これで悪漢は全部ほろんだので、一同は安堵《あんど》の思いをなした。しかし安堵《あんど》ならぬは、ドノバンの容態《ようだい》である。彼はいぜん、こんこんとして、半死半生の境《さかい》にあるのだ。
 翌日イバンスは、富士男、バクスターとともにボートに乗って、平和湖をわたり、東方川をくだった。この地の十一月は、日本の春である。緑の草は岸をおおうて毛氈《もうせん》のごとく、やなぎは翠眉《すいび》をあつめて深くたれ、名も知らぬ小鳥は、枝から枝へ飛びかわしてさえずっている。
「やあここにすてきなものがある」
 とイバンスはさけんだ。巨熊岩《おおくまいわ》の下、砂場の上に、セルベン号の伝馬船《てんません》がひきあげてある。これはいうまでもなく、海蛇《うみへび》らの船である。三人は船を検査するに、修繕《しゅうぜん》を加えれば、十分用にたえうるものであった。三人はすぐそれをボートのうしろにつけてひきながらふたたび川をわたり、湖をすぎてその夜ぶじに、ニュージーランド川についた。洞《ほら》に帰れば一同は欣々《きんきん》として出むかえた。
「なにかうれしいことがあるかね」
 と富士男がきいた。
「ドノバンを見てくれたまえ」
 とゴルドンがいった。病室へいってみると、まだものはいえぬが、ドノバンのあおざめた顔はかすかにあからみ、その呼吸は正しく長くつづくようになっていた。これはかれがへいそスポーツでからだをきたえあげていたのと、はんのきの葉の効力《こうりょく》であった。
 つぎの日から一同は、伝馬船の修繕に着手した。船は長さ十メートル、それとつりあうように船幅《ふなはば》も十分である。十五少年と、イバンスと、ケートの二人をのせて、航海《こうかい》することはけっして難事でない。イバンスは総指揮《そうしき》となって工事を監督《かんとく》し、例の工学博士バクスターは副監督となった。富士男、ゴルドンら一同は、いっさいその命令に服して、ひとりとして不服をいうものはない。堅板《たていた》、横板、平板、支柱《しちゅう》、帆類《ほるい》すべての材料は、サクラ号からとっておいたものだけで十分であった。船の修繕には約三十日をついやしたが、そのあいだにドノバンは、しだいに健康を回復《かいふく》して、つえにすがりながら一同の工事を見まわるようになった。
 クリスマスもすぎ、正月もすぎた。一同は出発の準備にいそがしい。第一に金貨をつみいれ、つぎに十七人の一ヵ月分の食料、つぎに武器、弾薬、被服《ひふく》、書籍、炊事《すいじ》器具と食器、望遠鏡と風雨計、ゴム類、つり道具、それだけで船はいっぱいであった。ドノバンはまったく快癒《かいゆ》した。
 二月九日にいっさいの準備をおわり、二月十一日、大日本帝国の紀元節《きげんせつ》の日に出発することとなった。その朝は、一天ぬぐうがごとく晴れわたり、さわやかな風はしずかな波にたわむれて、船出を祝うがごとくに見えた。富士男は厩舎《うまや》の戸を開いて諸動物に別れをつげた。
「ゆけ、おまえたちはおまえたちの巣《す》に帰って自由に幸福であれ。ぼくらもまたいまぼくらの故郷《こきょう》へ帰るのだ」
 さっとひらく戸とともに、たくさんの鳥はいっせいに美しいつばさを朝日にかがやかして、まっしぐらに天《そら》高く飛んだかと思うと、やがてまた一同の頭の上ちかく三回ほどまわって、やがてふたたびかなたの森をさして飛び去った。ラマとだちょうはしばらくもじもじしていたが、自分が開放されたと気づくやいなや、うしろも見ずに長い脛《あし》をひるがえして走り去った。
 ドノバンは艫《とも》のイバンスのかたわらにすわった。富士男はモコウとへさきのほうにすわって帆を監視《かんし》した。船が動くとともに一同は左門洞にむかって三拝した。
「さようなら左門先生! あなたののこした足跡《そくせき》によって、少年連盟は、二年の露命《ろめい》をつなぐことができました」
 富士男は感慨深《かんがいぶか》い顔をして、また、一同にむかっていった。
「諸君! もしこの世に、先輩《せんぱい》というものがあって後進の路をひらいてくれなかったら、人生はいかに暗黒なものとなるであろう。それと同時に、ぼくらもやがて先輩となるときがくる。ぼくらはあとにくるもののために、もっとも正しき人となり、もっともよき人となるべく努力《どりょく》しなければならん。左門先生の遺徳《
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