林におこった。これとほとんど同時に、かれらの耳もとでごうぜんたる銃声がひびいた。ついで、かれらの十八メートルほどはなれた林の中に「アッ」というさけびと、ザラザラと雑草の動く音とがきこえた。
 第二の銃声は、ドノバンが第一の銃声のほうにむかってはなったひびきである。ドノバンは一発すると同時に、フハンとともにまっしぐらに後方の林に走った。
「進め! ドノバンをかれらに殺さすな」
 イバンスは、ドノバンのあとを追ってさけんだ。他の少年たちも、ただちにこれにつづいた。
 ドノバンが大木の下にきてみると、地上に銃をいだいた一個の人間が、息たえだえにたおれている、ドノバンのはなった弾はあやまたず、凶漢《きょうかん》の胸板をつらぬいている。
 ドノバンに追いついたイバンスは、
「これはパイクだ、きみの力によって世界からひとりの悪人をのぞくことができた」
 といった。
 しかし他の凶漢《きょうかん》たちは、どこにすがたをかくしているのだろう。
「諸君、こしを低くして頭をさげろ」
 イバンスのさけびがおわらないうちに、一丸がきたって、ひざまずかんとして少しおくれた、サービスのひたいをかすめた。
「傷は?」
 一同はサービスのそばによった。
「なにこれくらいの傷はだいじょうぶだ」
 サービスのひたいににじむ血を、ハンケチでふいた、サービスの血は少年たちを昂奮《こうふん》させた。
「富士男君はどこへいった」
 富士男はどこへいったのか、すがたが見えない。このとき、フハンは左の方へ一直線に走った。ドノバンは力づよく、
「富士男君、富士男君」
 とさけびながら、フハンのあとをおって走った。
 グロースは、たちまち身を地上にふせてさけんだ。
「気をつけろ」
 一同は頭をさげた、このときおそし、一丸はイバンスの頭の上をかすめて去った。
 かれらが頭をあげると、ひとりの敵が、林の奥へ逃げ去っている、ゆうべ逃がしたロックである。イバンスは、これにむかって一発した、鉄砲玉のロックはこつねんとしてすがたをけした。
「残念だ、また逃がした」
 このあいだはわずかに五、六秒である。
 フハンはしきりに高くほえている、イバンスら一同は走った。
 このときドノバンの声がした。
「富士男君手をゆるめるな」
 一同はこの声のするほうに走った。
 富士男はいま一味のコーブと戦っている。あざらし[#「あざらし」に傍点]のコーブはかれら仲間でも名だたるけんかじょうずだ。富士男のような少年が、どうしてかれに対抗《たいこう》できよう! 富士男はしっかりとかれに組みふせられた。組みしかれながらも富士男は、少しもあわてない、父から教えられた日本固有の柔道の奥の手、けさがためののがれがきまって、大兵《だいひょう》のコーブをみごとにはねかえした、かえされたコーブもさるもの、地力《じりき》をたのみにもうぜんと襲来《しゅうらい》した、その右手には、こうこうたる懐剣《かいけん》が光って、じりじりとつめよる足元は、大地の底にめりこむかのよう!
 富士男は少しもちゅうちょしない、かれはコーブの剣をみると、勇気がますます加わった。
「さあこい」
 手並みを知ったコーブは、組み打ちではあぶないと思った、かれは一気に、富士男をつき殺す作戦をとった。かれは両手を高くあげて、おどりかかった。富士男は右にかわし、左にかわし、敵のすきをみて組みつこうと逃げまわった、いいかげんにじらされたコーブは、おそろしい声を出してほえた。同時にしゃにむに、富士男にとびかかった。
「よしッ、こい」
 富士男はこしをきめて、敵の右手をとろうとした一せつな、残念! かれは木の根につまずいて、ばったりたおれた。
「しめたッ」
 コーブは折りかさなって富士男を膝下《しっか》にしき、懐剣《かいけん》をいなづまのごとくふりかぶった。瞬間! ドノバンは石のつぶてのごとく、からだをもってコーブのからだにころげこんだ。ドノバンのからだに押されて手がゆるんだ、すきをえた富士男は、すばやく立ち上がった、だがこのとき、ドノバンは一声アッとさけんだ。コーブはドノバンの胸を、一|突《つ》き突いたのであった。
 それも一しゅん、これも一しゅんである、フハンはもうぜんとおどりあがって、コーブの手にかみついた。
「ちくしょう! ちくしょう!」
 かれは一生けんめいにふりはらった、そうしてあとをも見ずに逃げ去った。
 イルコック、ウエップらは、凶漢《きょうかん》のあとを追うて発砲した。一、二発は手ごたえがあったが、すがたは緑雲《りょくうん》たなびく林のなかにきえてしまった。
「ドノバン! ドノバン!」
 富士男はたおれたドノバンを、しっかりとだきしめてさけんだ。
「しっかりしてくれ、ドノバン!」
 よべど答えず、答うるものは、森のこだまのみである。
 さきにドノバンが
前へ 次へ
全64ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 紅緑 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング