ひょうにおそわれたとき、富士男は身をていしてドノバンを救うた、いまドノバンは、みずから傷《きず》ついて富士男を救《すく》うた。
「ドノバン!」
 富士男の声はだんだん泣き声になった。
「ぼくのために死んでくれたのだね。ドノバン!」
 かすかに答える声が、くちびるからもれた。イバンスはすぐにドノバンの傷口《きずぐち》を検査すると、傷《きず》は第四|肋骨《ろっこつ》のへんで心臓をそれていた。
「だいじょうぶだ、助かる」
 とイバンスはいった。
 ドノバンの呼吸は微弱《びじゃく》である、もし肺《はい》に影響《えいきょう》するとだいじになる。
「とにかく、左門洞へひきあげよう」
 とゴルドンはいった。
 イバンスは、海|蛇《へび》とブラントおよびブルークの三人が、最初からすがたを見せなかったのを非常《ひじょう》に怪しんだが、重傷《じゅうしょう》のドノバンを捨てて、かれらをさがすべきでないから、ゴルドンのことばに賛成して、左門洞にひきあげることにした。
 木の枝をきりとってたんかを製作し、これにドノバンをしずかに臥床《がしょう》さした。
 富士男ゴルドンら四名がこれをかつぎ、他のものはこれを護衛《ごえい》して、左門洞にひきあげた、しかし道は平坦《へいたん》ではない、たんかは動揺《どうよう》した、そのたびに架上《かじょう》のドノバンは、悲痛《ひつう》な呻吟《しんぎん》をもらした、このうめきをきく富士男の心は、ドノバン以上の疼痛《とうつう》をおぼえた。
 ようようにしてかれらは、左門洞百五十メートルくらいの地点にきた、しかし左門洞には、まだ突出《とっしゅつ》した岩壁《がんぺき》をまわらねばならないのである。
 このとき左門洞のほうにあたって、ケートのさけび声とともに、少年たちのさけぶ声がきこえた。
 フハンはまっしぐらに声のほうへ走った、偵察隊一同はハッとして立ちどまった。
 イバンスの脳裏《のうり》には、なにかひらめくものがあった、凶漢《きょうかん》三人は路を迂回《うかい》して、ニュージーランド川のほとりから、左門洞を攻撃《こうげき》しているのではあるまいか?

     歓迎

 凶漢《きょうかん》どもを撃退し、負傷せるドノバンをたんかにのせて、左門洞へひきあげんとした富士男の一行が、いま左門洞のほとりに少年たちとケートのさけび声をきいたのでがくぜんとした。
「すきをつかれた」
 と富士男はさけんだ。
 じっさいそのとおりである。ロック、コーブ、パイクの三人がだちょうの森で富士男の一隊をおそい、主力を牽制《けんせい》しているあいだに、海蛇《うみへび》、ブラント、ブルークの三人は、浅瀬《あさせ》づたいに川をわたって岩壁によじのぼり、川に面せる物置きの洞口の下におりてとつぜん洞を襲撃《しゅうげき》したのであった。
「グロース、ウエップ、ガーネットの三君は、ドノバン君を看護《かんご》して、ここにかくれていたまえ。わたしは富士男、ゴルドン、サービス、イルコックの四君とともに敵を撃退《げきたい》しよう」
 イバンスは憤怒《ふんぬ》の朱《しゅ》を満面にそそいでいった。
「ゆこう」
 五人はまっすぐに近路から走った、だがそれはすでにおそかった。海蛇《うみへび》は次郎を小わきにかかえて洞のなかから走りでた。それを、とりかえそうとケートは悲鳴《ひめい》をあげて海蛇にとりすがる。えいうるさいとばかりに海蛇はケートをはたとける、けられてもケートは一生けんめい、わが身の危険《きけん》を忘れて右に倒《たお》れ、左にころびながら、その手をはなさない。それと同時にいまひとりのブランドは、コスターを小わきにかかえて洞から出た。それをやらじとバクスターが狂気《きょうき》のごとくブランドにからみついている。
 この悽惨《せいさん》たる危機《きき》にたいし、モコウと他の少年たちのすがたが見えぬのはふしぎである。あるいはみな殺されて、洞内に倒れているのではあるまいか。
 海蛇とブランドは、ケートとバクスターをけとばして、もう川のほとりに出た。川にはブルークがすでに洞内からボートをぬすみだして、ふたりのくるのを待っている。もしかれらがふたりを人質《ひとじち》にとれば、あとはゆうゆう無理難題《むりなんだい》をしかけて十五少年を苦しめることになるだろう。
「ちくしょうめちくしょうめ」
 イバンスは歯をくいしばった。だが発砲《はっぽう》すると次郎とコスターにあたるかもしれない。心は矢竹《やたけ》にはやれども、いまやどうすることもできない。
「さあこい、わしにつづけ」
 イバンスは疾風《しっぷう》のごとく走った。海蛇とブランドははや川の岸にあがった。いま一足が舟のなかである。
「ああまにあわん」
 イバンスがこういった、その一せつなである。先頭に立った富士男の愛犬フハンは、もうぜん足を
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