や、洞外のやみに走り去った。
 イバンスは銃をとってごうぜん一発うったが、弾《たま》はむなしく音を立てて闇中《あんちゅう》をとび、手ごたえはさらになかった。
「逃がした、しかしここに一味のひとりがいる」
 イバンスはこしの一刀をひらりと抜いて、ひとふりふってホーベスの首根をしっかりとおさえ、ふたたび一気にうちおろそうとした。
「待ってください」
 ケートはホーベスのからだの上に身を投げかけていった。
「ホーベスをゆるしてやってください、洞の中で血を流さないでください」
 イバンスはしずかにふりあげた刀をおろした。
「捕虜にしておけ!」
 少年たちはホーベスを戸だなに入れた。戸口はまたもとのように大石を積みかさねた。そのあとは、なんの変化もなく夜は明けた。
 翌朝イバンスは、富士男、ドノバン、ゴルドンの三人をともなって、敵の動静《どうせい》をさぐりに洞外に出た。
 洞の外には多くの人のくつあとが、朝露《あさつゆ》にぬれて縦横《じゅうおう》に点々と印せられている、あきらかに海|蛇《へび》たちが昨夜、洞外を偵察《ていさつ》したときのくつあとである。
 海|蛇《へび》たちは遠く去ったらしい、洞の付近には人影もなく、厩舎《きゅうしゃ》も養禽場《ようきんじょう》も、なんらの異状がない、湖のほとり、川辺のだちょうの森も、かくらんされたあとは見られなかった。
 かれらはどこに去ったか、いつまた、襲来《しゅうらい》するか、これを知るには、捕虜《ほりょ》とせるホーベスに聞くよりほかないと、四名は洞にひきあげた。
 ホーベスは、広間の中央にひきだされた。
 イバンスはげんぜんとしてかれに問うた。
「ホーベス! 海|蛇《へび》たちの昨夜の作戦は破れたが、この後かれらはいかなる作戦をとるか、知っているかぎり白状《はくじょう》しろ」
 ホーベスは黙然《もくねん》として、ただ頭をたれている。かれはさすがに、ケートや少年たちと面をあわすのが、はずかしいとみえる。
「ホーベスさん、あなたは海|蛇《へび》たちのなかでも良心を持っている、ただひとりの善人だと思いますが、かの凶悪《きょうあく》な海|蛇《へび》たちの手から、このかわいらしい十五人の少年を、救ってやる気はありませんか」
 ケートのことばをきいたホーベスは、はじめて頭をあげた。
「わたしにどうしろというのです」
 イバンスは一歩かれに近よった。
「きみはかれらの作戦を知らせてくれればいい。まずきみたちは、昨夜少年たちをあざむいて、皆殺しにするつもりだったのか」
「そうです」
 ホーベスは頭をますます低くたれた。少年たちはかれの答えをきいてりつぜんとした。
「きみはかれらの今後の計画を知っているか」
「…………」
 ホーベスはかすかに頭を横にふった。
「かれらはふたたび洞に襲撃《しゅうげき》するか」
「するはずだ」
 イバンスはいろいろ問いただしてみたが、ホーベスは十分に答えることができなかった。
 ホーベスはふたたび、戸だなのなかに禁錮《きんこ》された。モコウは昼すぎに二、三品、食物を運んでやったが、かれはほとんど一口もふれず、ただ頭をたれてなにごとか深く沈吟《ちんぎん》思考している。
 少年たちにとって、目下の急務である第一問題は、海|蛇《へび》らがどこへ去ったか、そのありかを知ることである。イバンスは昼食後、少年を集めてそのことをはかった、少年たちは即時、偵察《ていさつ》に出発することに賛成した。
 ケート、モコウ、次郎、バクスターは、他の四人の幼年組と洞に残り、他の八名はイバンスとともに偵察《ていさつ》にむかうことになった。
 敵は七名のうち一名をうしない、六名である。偵察隊は敵の一倍半であり、なお長銃《ちょうじゅう》短銃等《たんじゅうとう》をたずさえて武器は十分である。敵は六名中五名が銃を持っているが、弾薬がほとんど欠乏《けつぼう》していることは、ホーベスのことばによって明らかである。
 偵察隊は午後二時に洞を出発した。洞の戸は急に偵察隊が洞内にひきあげるときに便利なように、かんぬきをしたままで、大石は積まずにおいた。
 偵察隊は、まず左門の遺骸《いがい》をほうむったぶなの木のほとりからだちょうの森に進んだ。フハンはうれしそうに先導《せんどう》していたが、たちまち耳は張り、地に鼻をつけて、異常《いじょう》なにおいをかぎだした。と、そこより数歩進んだとき、先頭のドノバンが、
「アアたき火のあとだ」
 とさけんだ。
 まきの折れや、煙のまだのこっている燃えさしが、散在している。
「昨夜海|蛇《へび》らがここで過ごしたことは、明らかである、この状態《じょうたい》で判断《はんだん》すると、二三時間まえにかれらは、ここを去ったものであろう」
 イバンスのこのことばがおわらないうちに、一発の銃声がかれらの右の
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