くが逃走《とうそう》のとき、かれは追跡《ついせき》発砲しているのです」
 とイバンスはケートのことばを一|蹴《しゅう》した。
 少年たちはじゅうぶん用意をととのえて、敵のくるのを待ちうけた。幼年組はほとんど川辺にさえ出ないで、左門洞で息ぐるしい日をくらした。
 数日は経過したが、海蛇《うみへび》たちは、ひとりとしてすがたをあらわさなかった。
 イバンスはじめ少年たちは、これをふしぎに思っていたが、ある日、イバンスはこつねんとしてゴルドン、富士男、ドノバンをまねいて語った。
「かれらがすがたをあらわさないのは、かれらの作戦である。かれら一味は、ケートさんやぼくが、きみらといっしょにいると思わないから、諸君がかれらの漂着《ひょうちゃく》したのをまだ知らないつもりでいる。そのうちかれらのひとりが漂流者《ひょうりゅうしゃ》のごとくよそおって左門洞にきたり、助けをもとめて洞のなかにはいり、すきをうかがって戸を内からひらいて一味をみちびき、労《ろう》せずしてこの洞を占領《せんりょう》するつもりであると思う」
「そのときにはどうするか?」
「そのときには間者《かんじゃ》をみちびきいれて逆襲《ぎゃくしゅう》しよう」
 と少年たちは作戦した。
 翌日もことなくすぎて夕方になった。このとき、岩壁《がんぺき》の上に見張っていたウエップとグロースは、息をきらせて帰ってきた。ふたりの敵が川むこうにあらわれ、しだいに左門洞に近よりつつありと報告した。イバンスとケートが矢間《やざま》からこれを見ると、鉄砲玉《てっぽうだま》のロックとホーベスのふたりである。イバンスはゴルドン、富士男、ドノバン、バクスターの四名に一|策《さく》をあたえて、ただちに物置きのなかにかくれた。
 しばらくしてゴルドン、富士男、ドノバン、バクスターの四名は、なにげなきていに河岸を散歩していた、するとホーベスとロックはしだいに近よってきた。かれらは非常におどろいた表情をしたので、四人もおどろいた表情をした、と、ふたりはやがてあえぎあえぎ川をわたった。やっと岸へついたかと思うと、同時にばったり草の上にたおれた。
「きみたちは何者だ」
「けさ南方で破船した遭難水夫《そうなんすいふ》です」
「他《ほか》の乗り組みの者は?」
「みな溺死《できし》しました。しかし諸君は何者です」
「ぼくらはこの島の植民者《しょくみんしゃ》です」
「ではわたしたちに食物と水をください、じつはけさから水一てきも口にしないのです、助けてください」
「よろしい、破船水夫は救助をもとめる権利がありますから、こっちへきなさい」
 四名はふたりをともなって洞に帰った。猛虎《もうこ》をひつじの家にみちびくようなものだった。
 ロックはひたいにむこう傷《きず》があり、一見してそのどうもうさの知れる相である。ホーベスはこれと反対に、どことなく人間らしいところがある。
 ふたりはしじゅうきわめてたくみに、遭難者《そうなんしゃ》になりすましている。少年たちの問いにきゅうすると、苦しそうに休息をもとめるが、その目はたえず周囲を見まわしている。かれらが洞にはいって、防備の厳重《げんじゅう》なのを見て、おどろきの色をあらわしたのを、慧眼《けいがん》なゴルドンと、富士男は見のがさなかった。
 少年たちはふたりを物置きの洞にみちびいて、その片すみに寝さした。ふたりは極度《きょくど》に疲労《ひろう》した人のように、鼾声《かんせい》をあげて早くも熟睡《じゅくすい》した。
 九時ごろにモコウは、ふたりの寝ている洞の片すみに、床をのべてねむりについたが、最前からたぬき寝入りのふたりはモコウに対しては、いっこうむとんちゃくであった。むろん腕力じまんのかれらには、モコウをひねりつぶすくらいは朝|飯《めし》まえのことである。モコウばかりでない、他のものとても、ことごとく少年ばかりだ、かれらにとっては、おそろしいものがあるべきはずがない。
 三時間は過ぎた。ちょうど十二時になったとき、ふたりはじょじょに身をおこし、抜き足しながら戸口に進んだ、天井《てんじょう》からつりさがっているともしびが、かれらの行動をあきらかに照らしている。
 川に面した物置きの戸は、かんぬきをかたくさしたうえに戸が外からあかないように、大石を積みかさねてある。ふたりはしずかに大石をとりのぞいて、まさにかんぬきに手をかけようとしたとき、一個の腕がしっかりとロックの手をとらえた。
 ロックはおどろいて首をまわすと、死んだはずの運転士イバンスが立っている。
「ああイバンス」
「諸君きたまえ」
 イバンスの声をきいて、ただちに出てきた富士男、ドノバン、バクスター、グロースの四人はホーベスをとらえて動かない。
 ロックは力かぎりイバンスとあらそっていたが、その手をふりほどくと、戸をおしひらくやいな
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