んだ、しめた! のがれる日が近づいたのだ、悪人どものすきをうかがってのがれよう、そして島の人たちに救ってもらおう、たとえそれが蛮《ばん》人であってもいい、極悪《ごくあく》の人殺しの悪漢どもといっしょにいるよりか、どれだけ幸福かしれやしない、だが、海蛇《うみへび》のやつもなかなかぬけめがない、その日から看視《かんし》は前にまして厳重《げんじゅう》を加《くわ》えた、海蛇《うみへび》どもは急に元気おうせいになって足を早めた、湖の東岸をそって南へ南へと歩いた、だがいってもいっても人の住まいはおろか、踪跡《そうせき》らしいものにもあわない、一つの煙、一発の銃声もきかない」
「それはぼくらがあいいましめて、洞穴にかくれていたからです」
と富士男がいった。
「だが海蛇《うみへび》どもは失望せずに進んだ、そしてとうとうきみらを発見した」
「どこで?」
と一同が昂奮《こうふん》してさけんだ。
「二十二日の夜だった、鉄砲玉《てっぽうだま》のロックと四本指の兄貴《あにき》のパイクのふたりが、海蛇《うみへび》の命令で斥候《せっこう》に出た、そしてきみらの洞穴を発見したのだ、洞からはチラチラと火がもれ、戸をあけしめするすがたを見たので、ふたりの報告を受けとった海蛇《うみへび》は、つぎの日|単身《たんしん》で川ぶちの茂林にひそんで、きみらの動静《どうせい》をさぐった」
「やっぱりそうだったか」
と富士男がいった。
「ぼくらも悪漢どもがこのあたりをうろついているのを知ったのです」
とゴルドンがいった。
「きみらが知ってた?」
とイバンスが小首をかたむけた。
「そうです、ぼくらはたばこのにおいのまだ新しいパイプを発見したのです」
「そうか、どうりで海蛇《うみへび》が、たいせつなものをなくしたと手下どもをどなっていた、ハハハハ」
とイバンスが腹の底から笑った、だがすぐまじめになって、
「海蛇《うみへび》どもは洞のなかのものが、みな年のゆかない子どもばかりの集まりだと知ったのだ、きみらは不用意にも川のふちに出たり、洞の前に立ったりしたからね、悪漢どもは襲撃《しゅうげき》の方法をあれこれと相談した」
「悪魔《あくま》! 人でなし! かれらはこのかれんな子どもたちをどうしようとするのだろう、助けてやろうとは思わないのでしょうか?」
とケートがさけんだ。
「そうです、セルベン号の船長や、あなたのご主人たちに対して行なったように、皆殺しにしようというのです、やつらに慈悲心《じひしん》を求めるのは愚《ぐ》の骨頂《こっちょう》です!」
とイバンスがいった。
一同は肌《はだえ》にあわつぶの生ずる恐怖《きょうふ》におそわれた、たがいに手と手をつないで、かたくにぎった。
「なにか物音がしなかった?」
とイバンスが戸のほうを見た。
「いいえ、なにも、だいじょうぶです」
と戸をまもるモコウがいった。
雨はいぜんとして降りしきり、強風はものすごい音をたててふきすさぶ、あかりがチロチロとまたたく、夜はふけた、イバンスの奇々怪々《ききかいかい》な物語はいつはてるともしれない。
敵襲《てきしゅう》
イバンスがしずかにブランデーのコップをとりあげて、長物語にかわいたくちびるをぬらしている口元を見つめていた富士男は、
「しかし、どうして海蛇《うみへび》たちの毒手をのがれたのです」
ときいた。
「そこだ、けさ海蛇《うみへび》たちはホーベスと、鉄砲玉《てっぽうだま》のロックにぼくの番を命じて、諸君らの動静《どうせい》をさぐりに出てしまった。ぼくは逃走の好機|到来《とうらい》と心中で計企《けいき》するところがあったが、ふたりはなかなかゆだんしないのだ。午前十時ごろ一頭のラマがぼくらの前にすがたをあらわした。ロックはこれを見るとさっそく銃をとって一発やった。そのすきにとつぜん身をひるがえして、森林のなかに逃げこんだ」
「銃声は聞かなかったが、ラマの死体は川むこうで見ました」
とドノバンが口を入れた。
イバンスはことばに力を入れて、
「ぼくはそれから十四時間ほど、ふたりの追跡者《ついせきしゃ》の手をのがれるために走りつづけた、こんなに走ったのは生まれてきょうがはじめてだ、おそらく五十キロは走ったと思う。海蛇《うみへび》たちの話で、諸君の洞は、湖の南西岸にある川の西がわだということを知っていたので、右に左に逃げまわりながらも、諸君の洞をめあてに走った。かれらが銃を持っていなかったら、苦労はなかったが、しばしば追いうちをせめられるので、弾をさけるのはひじょうな苦労だった。いま一つぼくの逃走《とうそう》を妨害《ぼうがい》したのは電光だ、夜になれば逃走は安全だと思っていたのに、電光はやみを破ってぼくのすがたを照らし、追跡者《ついせきしゃ》に発砲の機会をあたえたのだ。と
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