こうして川岸に出たが、そのとき一道の電光とともに、背後《はいご》に銃声がひびいた」
「その銃声はわたしたちもききました」
 とひざをすすめてドノバンはさけんだ。
「しかし同時にぼくは、水中にとびこんだ。二、三度抜き手をきって、こっちの岸に泳ぎついたので、くさむらにかくれた。川岸まできた追跡者《ついせきしゃ》は、たしかに命中したから、水のなかにしずんだのだろうと語りながら去ってしまった。ぼくは堤《つつみ》にあがって地上に立ったが、そのとき、いぬのほえる声をきいたので、それをたよりにここへきた。諸君はつかれはてているぼくに、喜んで戸をひらいてくれた。諸君、ぼくらは一団となって力をあわせ、悪漢どもをこの島よりのぞくようにつとめねばならん」
 イバンスのことばをきいた少年たちの心臓は躍動《やくどう》した。
 少年たちはかわるがわる漂流《ひょうりゅう》のてんまつをイバンスに語ってきかせた。
「諸君がここへ漂着《ひょうちゃく》して二十ヵ月のあいだ、一せきの船も沖に見えなかったか」
「小船一せきも見えません、信号もかかげてありましたが、ケート小母《おば》さんに海蛇《うみへび》らの話をきいたので、六週間以前におろしてしまいました」
 と富士男はいった。
「諸君の用心はよかったが、かれらに諸君の居所を知られた以上、日夜|警戒《けいかい》してかれらの襲撃《しゅうげき》をふせぐのが上策《じょうさく》であるが、かれらは凶悪無慚《きょうあくむざん》な無頼漢《ぶらいかん》七人で、諸君は数こそ多いが、少年である以上、苦戦は覚悟《かくご》せねばならぬ」
 とイバンスがいった。
「いいえ、皆さまが少年連盟を組織《そしき》した団結心と正義をもって悪漢と戦えば、神さまはきっと皆さまをまもってくださいます。現にイバンスをわたしたちのところへ送ってくださったではありませんか」
 とケートはさけんだ。
「イバンス万歳」「少年連盟万歳」の声々が少年たちの口をついて出た。
 最前《さいぜん》より黙々《もくもく》として、話をきいていたゴルドンは、このときはじめて口を開いた。
「しかし、海蛇《うみへび》らがおとなしくこの島を去ると約束《やくそく》すれば、ぼくらはかれらの必要な船の修繕器具を貸してもいいと思うが」
 というと、他の少年たちも、なるほどというような顔をした。
「諸君はかれらの凶悪《きょうあく》さを知らないのだ、もし諸君がかれらに修繕器具を貸してやれば、かれらはそのつぎに諸君の食料を要求《ようきゅう》するだろう」
 イバンスのこのことばをきいて、
「パン粉をとられるとこまるなア」
「あすどこかへかくしておこう」
 幼年組の連中がささやいたので、一同|苦笑《くしょう》した。
 イバンスはなおも語をついだ。
「そればかりでない、かれらは諸君がサクラ号のおかねを、かくしていると思っているから、修繕器具を貸してやっても、恩義に感ぜずに、貨幣掠奪《かへいりゃくだつ》の計画をするにちがいない。また硝薬《しょうやく》の少ないかれらは硝薬も要求するだろう、諸君はかれらのこの要求が入れられるか」
「いや」
 とゴルドンは強くいいきった。
「諸君がかれらの要求をきかなければ、かれらは諸君を子どもとあなどって、腕づくでもかすめるにちがいない。そのときには、戦いあるのみだ、戦いをまぬがれえないと知ったら、はじめから計画をきめて戦うのが有利である。それにかれらの伝馬船《てんません》がなかったらわれわれはどうして島をのがれるつもりか」
 イバンスの最後の一語をきいた少年たちは、疑惑《ぎわく》を感じた。
「かの小船で、洋々たる大洋を、横断するのですか」
「大洋を横断する? いやわれわれは、まず南米に近い港《みなと》にわたって、便船《びんせん》を求めるつもりである」
 イバンスのこのことばは、少年たちをますます混乱《こんらん》させた。
「しかしあんな小船で、数百キロの波濤《はとう》を、越えることができますか」
 とバクスターは質問《しつもん》した。
「数百キロ? いや港までは、きんきん五十キロを出ない航程《こうてい》です」
「ではこの島は、大洋中の孤島《ことう》ではないのですか」
「島の西方は大洋であるが、東南北は大洋ではありません。諸君はこの島を、大洋中の孤島だと思ったのですか」
 少年たちは目を見張って、イバンスのことばを待っている。
「島は島であるが、孤島ではない。南アメリカのチリー国の西岸に点在する群島中の一つです。あした地図にてらして、本島の所在および方位について、くわしく説明しましょう」
 とイバンスは語りおわった。
 いままで大洋中の一孤島とのみ思っていた少年たちは、イバンスのことばをきいて、ひじょうに喜んだ。この喜びに幼年組は海蛇《うみへび》の恐怖《きょうふ》をわすれて安眠した。
 
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