おい、ちょうど、茂林か樹叢《じゅそう》のようにみせかけて、悪漢の目をくらますのがいいと思う」
「名案《めいあん》だ!」一同は賛成《さんせい》した。
翌日、だちょうの森では、とうとうとおのの響《ひび》きがこだまし、松、杉の枝が、そうぞうしい音をたてて落ちた。年長組の一隊が、枝のきりだしに従事《じゅうじ》したのだ。
落ちた枝をひきずって、エッサラモッサラと、幼年組が運搬《うんぱん》する。運ばれた枝はゴルドンの指揮《しき》で、厩舎《うまや》、養禽小舎《ようきんごや》、洞門にうちかけられ、即成《そくせい》の茂林となった
「ヤアヤア、山賊のかくれ家だな」
「いや、もぐらの巣だ」
と幼年組がはしゃいだ。
「さあ、早くなかへはいってくれたまえ、どこで悪漢が目を光らしてるかもしれない」
とゴルドンがいった。いままでの快活さを失って幼年組は、あわてて洞のなかへかけこんだ。
この日からみだりに戸外へ出ることは禁じられ、ことに湖畔《こはん》の広場へは、絶対に禁足《きんそく》が守られた。それはまるで冬ごもりのときのように、洞穴深くかくれて、不安の日を送りむかえるのだった。
かてて加えて、一同のまゆをひそめさせたのは、幼年組のコスターが、熱病におかされたことであった。熱に浮かされて故郷の夢を見るのか、ひからびた口を開いては、父母の名をよび、一同はかなしく首をたれた。
「このまま死なしては、ぼくは、どんな顔をしてかれの父母にまみゆることができよう」
次郎はかたときも枕頭《ちんとう》をはなれず、コスターの看病《かんびょう》に寝食《しんしょく》を忘れた。ゴルドンはサクラ号にそなえてあった薬を、あれこれと調剤《ちょうざい》した、だが医学の知識が十分でないかれは、病名のわからない熱病に対して、ききめのある薬を調合《ちょうごう》することができない。心ははやるけれど、手はその十分の一も動かない。ただ、苦しむ病人をぼうぜんと見まもるばかりで、手のほどこしようもない。
「けっして心配はいりません、わたくしがどんなことがあっても、なおしてみせます」
ケートは医薬のたりないところを、愛情と親切をもって、まるで自分の子どもであるように、昼夜《ちゅうや》をわかたず看病《かんびょう》した、このゆきとどいた慈母《じぼ》の愛は、かれんな病人にとっては、医薬よりもなによりもまさるものであった。ケートの愛情はコスターを危篤《きとく》のふちから救った。一同はようやくまゆを開いた。
「ケートおばさんはぼくの母さんだ、そしてみんなのお母さんだ、ぼくらはこれからお母さんとよぼう」
とコスターが目をうるましていった。
「みんなわんぱく小僧ばかりで、お母さんもたいへんだよ」
とゴルドンがいった。
「ぼくは服をよごさないようにする」
「ぼくは服を破らないようにする」
幼年組がケートにとりすがっていった。
「ええ、ええ、わたくしは喜んで十五人のお母さんになりますわ、わたくしはいい子をえて幸福です」
ケートがニッコリしていった。
やさしいお母さんの愛情をえて、一同は不安のなかにも幸福な日々を送った。
ある日、ドノバンはつりざおをもって、コッソリ洞をぬけでて、ニュージーランド河畔《かはん》の樹陰にこしをおろして糸をたれた。だが、どうしたのかいっこうにつれない、一時間ばかりたっても、一|尾《び》の小魚さえかからない。ドノバンは断念《だんねん》してさおをあげた。と、川岸でえさをあさっていた鳥がなにを発見したのか、ギャアギャアと鳴きたてて、羽音高く一時にとびたった。鳴きかい相よび、友をよび集めて対岸の灌木林《かんぼくりん》の上をまるく広く輪《わ》をえがき、しだいに輪をちぢめると、一団の黒塊《こっかい》となって、灌木林《かんぼくりん》のなかにすがたをけした。
「なにかの屍体《したい》を発見したのだ。けものか? あるいは仲間割《なかまわ》れした悪漢どものひとりが、殺害《さつがい》されたのかもしれない」
こう思うとドノバンは、たしかめずにはいられない。
「一つさぐってみよう」
かれはとぶように洞に帰り、銃をかくしもって、モコウをよんだ。
「なんです、目の色をかえて?」
とモコウがいった。
「きみの力を借りたいんだ、いっしょにきてくれたまえ」
ドノバンはしぶるモコウの腕をとって、川岸にいそいだ。
「ボートをたのむよ」
「どこへゆくんですか」
「いいからぼくにまかしておいてくれたまえ」
ボートはまもなく、川を横ぎって、対岸についた。
「いっしょにきたまえ!」
岸にとびあがるとドノバンは、灌木林《かんぼくりん》をめがけてつきすすんだ、丈《たけ》を没する草むらをはらいのけてすすむこと数十歩! ドノバンはたちどまった。
「やあ、ラマの屍体《したい》だ!」
目前数歩のところに鮮血《せんけつ
前へ
次へ
全64ページ中50ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 紅緑 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング