すと、頭をめぐらして方角を見さだめた。目測《もくそく》で岸までは、約百メートルの見当《けんとう》だ。
「案外、近いぞ」
 富士男はゆっくりと、得意の平泳ぎをはじめた。
 一方、広場の一同は、意外のできごとにぼうぜん自失《じしつ》した。
「たこを追っかけろ、見失ってはたいへんだ」
 とゴルドンがさけぶと、まっさきにかけだした。
「兄さん」
 と次郎がつづいた。一同はバネじかけの人形のように走りだした。
「富士男君」「富士男さん」
 先頭のゴルドンが、とつぜん足をとめてつったった。ドノバンがさけんだ。
「休んじゃいけない」
「いや、ドノバン、これから先は走れない」
「どうして?」
 おいついたドノバンが前方をすかして「あっ!」とさけんだ。
「湖だね」
 ふたりはまたしてもぼうぜんと腕を組んで、やみにほの白く光る湖をにらんだ。まもなくかけつけた一同も、ふたりの黙然《もくねん》たるすがたと、ほの白く光る水面を見くらべて太いといきをもらした。
「だめだ」
「チェッ! おれはなぜここに、ボートの用意をしておかなかったのだろう」
 モコウが白い歯をがりがりかんでくやしがった。
「諸君!」
 と水面をはってよぶ声がする。一同はびっくりして耳をすました。
「諸君!」
「アッ! 兄さんの声だ、兄さん!」
 と次郎が狂気《きょうき》のようにさけんだ。
「諸君! 海蛇《うみへび》らはまだ島にいるぞ」
 こういうと富士男はあざやかな抜き手を切って、もうぜんと泳ぎだした。
 岸にあがった富士男は胴《どう》ぶるいをすると大きなくしゃみ[#「くしゃみ」に傍点]をした。
「やあやあかっぱの胴《どう》ぶるいに河童《かっぱ》のくしゃみ[#「くしゃみ」に傍点]だ」
 とモコウが水玉をかけられていった。ホッとした安堵《あんど》とともに一同ははじめて笑った。
「これを着たまえ」
 とドノバンが上衣をぬいだ。
「これを」
 と一同はシャツやズボンをぬいだ。
「そんなに着られやしないや、だるまさんじゃあるまいし」
 と富士男がいった。
「かっぱ変じてだるまとなるでさあ」
 とモコウがてつだいながら、鼻をヒョコつかせた。
「違《ちが》うよ、あれは桑田《そうでん》変じて滄海《そうかい》となるだよ」
 と善金《ゼンキン》がまじめな顔でいった。一同が笑った。
 洞に帰ったかれらは、つかれを休むひまもなく、悪漢どもに対する緊急《きんきゅう》会議を開いた。まず富士男が口をきった。
「かつてケートおばさんが話されたように、悪漢どもの船は航海にたえないほど、大破損《だいはそん》はしていない、それなのにかれらはいまだに立ち去るようすもなく島をうろついている。これはなにか理由がなければならない。船を修復《しゅうふく》する器具がないことも理由の一つかもしれないが、もっと重大な理由がひそんでいるように思われる。ぼくは空中から連盟島の東のほう、島からあまり離《はな》れていないところに、一大陸地のあることを知った、連盟島はまったくの孤島《ことう》でなく、東方の大陸かあるいは群島を有する一無人島なんだ、悪漢どもはそれを知っているのだ、これがかれらを島におちつかせている大きな理由だと思う」
「じゃ、失望湾で見た沖の白点はやっぱり島だったのですか?」
 とモコウがいった。
「そうだ、あるいは大陸かもしれない」
「ぼくらはまた救《すく》われる希望があたえられた」
 とサービスが目をかがやかしていった。
「ぼくは探検《たんけん》にでかけよう!」
 とドノバンがいった。
 一同は悪漢のことも忘れて、新しい発見に昂奮《こうふん》した。
「諸君! それは第二の問題だ、ぼくらは目前にせまった敵に、いかなる方法で戦うかを、考えなければならぬのだ」
 とゴルドンが冷静《れいせい》にいった。
「そうだ、悪漢どもが、なぜ二週間ちかくもこの島にとどまってるかは、かれらが島の近くに陸地のあることを知ってるからだ、かれらは気長くここにとどまって、時機の熟《じゅく》するのを待っている、かれらは早晩自分らの住まいを求《もと》めるだろう、いまは東方川の口に宿《やど》っているが、一歩転ずれば平和湖を発見するだろう、湖畔《こはん》にそってさまよううちには、この左門洞のほとりに出るかもしれない。ぼくらは早く防備をめぐらさねばならぬ」
 凶悪《きょうあく》な海蛇《うみへび》がギロギロ目を光らして、洞前に立ちふさがってでもいるような恐怖《きょうふ》が、一同の胸をしめつけた。
「洞門に防壁をつくって戦おう」
「広場におとし穴をいくつもいくつも、つくったらいい」
 いろいろな声がとんだ。
「なによりまずぼくらは、敵に発見されないことが肝要《かんよう》だ」
 とバクスターがいった。
「そのためには洞の表と裏の入り口を、まつ、すぎ、灌木《かんぼく》の枝でお
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