角だけが、断雲《だんうん》のあいだに、三五の星がさんぜんとかがやいているばかりである。
「ああー 火だ」
と富士男は思わずさけんだ。東の一角に低く地上に横たわった雲が、赤く染《そ》めだされている、巨大な火に、雲があぶられてできたのだ、だがそれは島をはなれること幾十キロメートルの外である。
「連盟島をさる幾十キロメートルのかなたに、一帯の陸地があって、そこに噴火山《ふんかざん》があるのだ、その火光にちがいない」
こう思うと富士男は、先の日失望湾で見た、水天髪髴《すいてんほうふつ》のあいだに、一点の小さな白点を思いおこした。
「あれはやっぱり島だったのだ」
と、またかれは一道の火光を発見した、それは目下の、わずかに八キロメートルぐらいはなれたところにあった。
「失望湾の浜辺のあたりだ、いや敵は、浜辺と平和湖のあいだの、茂林なのかもしれない、そうすればこれはまさしく悪漢|海蛇《うみへび》の一行が、暖をとるたき火にちがいない」
かれはあいずの鉄環《かなわ》を落とした。鉄環はいくばくもなく、地上のガーネットの手に落ちた。
「あいずがあったぞ」
富士男の消息《しょうそく》を、おそしと待ちかねていた一同は、極度《きょくど》に緊張《きんちょう》した。
絞車盤《こうしゃばん》は逆転《ぎゃくてん》を開始した、このとき、風勢はしだいに吹き加わって、そのもうれつさははじめの比ではない、おまけに風位が変わって、たこは一左一右、絞車盤《こうしゃばん》の回転《かいてん》は思うように運ばない、糸が一|張《ちょう》一|弛《し》するたびに、みなはハッときもをひやした。
「全速力だ」
とゴルドンが叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]《しった》した。
一同は必死の力をふるって、回転をつづけた。
「アッ! 見えたぞ」
と善金《ゼンキン》がさけんだ。
たこは地面を去ること四十メートルばかりの上にきた。
「いま一息だ!」
とゴルドンがはげました。
と一|陣《じん》の強風が吹きすぎたと思うとともに、絞車盤《こうしゃばん》をとっていた、ドノバン、バクスター、イルコック、グロース、サービス、ウエップの六名は、ほんぜんと地上に投げたおされた。
「糸が切れた」
とゴルドンがさけんだ。
たこは富士男をのせたまま、黒暗《くらやみ》のなかをどこともなく飛び去った。
「ああ! 兄さん!」
と次郎が悲痛《ひつう》な声でさけんだ。
危機《きき》
旋風《せんぷう》にあおられたたこは、つりかごを前後左右にかたむけゆりあげて、黒闇々《こくあんあん》のなかを飛んでゆく。はげしい動揺《どうよう》のために富士男は眼のくらむのをおぼえた。かれは必死《ひっし》の思いで綱《つな》をしっかりとにぎった。
「あわててはいけない」
気をしずめるために深くひといきすって、腹にぐんと力をいれた。どうやら心がおちつきをとりもどした。
たこは一上一下して、しだいに地上に落ちてゆくように思えた。
「しめた!」
地上五、六メートルの上からなら、飛びおりても死ぬようなことはない、こう思うとホッと、不安のうちにも助かる希望がわいた。かれは眼を皿のようにして飛びおりる場所を発見しようとあせった。だが、星影まばらな光の下では、かっこうの場所はさがしうべくもない。
「だめかな」
一しゅんにして希望の岡から、失望の底につきおとさるる。ゴルドンの穏和《おんわ》な顔、モコウの白い歯、次郎の悲嘆《ひたん》にくるる顔、そしてなつかしい父母の顔、いろいろの顔が走馬燈《そうまとう》のように明滅《めいめつ》する。かすかに富士男を求めよぶおおぜいの声が、風に送られてきこえる。
「みんなは、悪漢どもが島に滞在《たいざい》していることを知らないのだ。凶悪無残《きょうあくむざん》な海蛇《うみへび》ら! かれらはどんな惨虐《さんぎゃく》な行為を一同の上に加えるだろう、早く告《つ》げなければならない、どうあっても死なれない。おれは重大な責任《せきにん》をせおってるのだ」
こう思うと富士男は、心の底からぼつぜんとつきあげてくる力を感じた。
と、ただ一色の墨《すみ》にぬりつぶされたような下界が切れて、ぽっかり一面に白いものがひろがった。
「ああ、水だ、助かるのはいまだ!」
水の深さも、岸への距離《きょり》も、なにも考えるひまもなく、富士男はつりかごをけって身をおどらした。水煙がとびちって、富士男のからだは底深くしずんだ。湖はなにもなかったようにもとのしずかさにかえった、大きな波紋がゆっくりゆっくり、輪《わ》をひろげてゆくばかりである。身軽になったのを喜ぶように、たこはふたたび空高くまいあがり、北東のやみにとびさった。
まもなく富士男の頭が、水面に浮かんだ。かれは立ち泳ぎをしながら、のみこんだ水をはきだ
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