あたる義務があるとは思えない、ね諸君!」
「そうだ」
「ドノバン君、ぼくはいっさいをざんげしよう」
と次郎が声をふるわしていった。
「次郎! 待て次郎!」
と富士男がさえぎった。
「いいえ、兄さん、ぼくはもうひみつにしておくことが苦しいんです、いっさいをざんげして、みなの制裁を受けたいんです、ゴルドン君、ドノバン君、みんなきいてください、諸君を父母の手からうばい、この無人島の二年の苦しみをなめさせたのは、みな、僕のいたらぬしわざからです、サクラ号が海に流れでたのは、ぼくが諸君をたわむれにおどろかそうとして、ともづなをといたからです、船がしだいしだいに沖《おき》へ流れだしたとき、ぼくはあわててとめようとしました、だがそれはむだでした、諸君、ぼくの大罪《だいざい》をゆるしてください、そしてつぐないのためにぼくにこの大任を命令してください」
こういうと次郎は、ワッと地面に泣きふした。
「次郎、よくざんげしてくれた、おまえはいま一命をすてるときだぞ、罪のつぐないをすべきだ」
と富士男が涙声《なみだごえ》でいった。
意外な次郎のざんげは、一同の心を強くうった、動揺《どうよう》がさざなみのように胸から胸へつたわった、快活だった次郎が、急に陰気な子になったことも、いつも困難な仕事はまっさきにひきうけたことも、みずから一身をなげうつ冒険にのりだしたことも、おかした罪の万分の一でも、つぐなおうとしたのだ、こう思うと一同は次郎の心根《こころね》がいじらしくもあり、かわいらしくもある。
「次郎君は二年間の良心のかしゃくで、すでにその罪はつぐなわれている、そればかりではない、次郎君は危険な仕事があるたびに、みずから喜んであたってくれた、富士男君、ぼくはいまはじめてきみの高潔《こうけつ》な心を知った、きみがつねに冒険をひきうけたのは、弟をかばうあたたかい心からだったのだ」
「そうだ、ぼくらは次郎君を罰《ばっ》することはできない」
一同がさけんだ。
「次郎君! 元気を出したまえ」
とドノバンが次郎の手をとった、一同は次郎を助けおこそうとしたが、次郎は両手で顔をおおってはなそうとしない。
「みなさん、ぼくにこの大任をあたえてください」
こういうとかれはすばやく身をみるがえして、かごのそばへ走った、そして土袋《つちぶくろ》をとりだすと、なかへ身をおどらした。
「次郎、待て、ぼくが乗る」
と富士男が走った、一同もかごのそばによった。
「なぜだい兄さん、ぼくだ」
「いや、弟の罪は兄の罪だ、ぼくがはじめこの計画をたてたとき、ぼくはすでに、覚悟《かくご》していたのだ」
「うそだ、兄さん、ぼくにやらして」
「おまえはまだ小さい、空にあがるだけではなにもならないのだ、敵状《てきじょう》を視察《しさつ》することができないと、なにもならない」
「そのくらいのこと、ぼくだってわかってるよ」
と次郎が抗弁《こうべん》した。
弟をかばい、兄をかばう、兄弟の美しい愛情を見て、ドノバンはたまらなくなっていった。
「争《あらそ》っていては時間がたつ。この大任はぼくにあたえてくれたまえ」
「いや、ドノバン君、それはいけない、ぼくは決心しているのだ」
富士男はこういうと、次郎をおろして自分がかわった。
「そうだ、これは富士男君の緻密《ちみつ》な頭脳《ずのう》と、勇気に信頼《しんらい》したほうがいい」
とゴルドンがいった。
「みな、まえのように受け持ちの位置《いち》についてくれたまえ」
ゴルドンの一言が厳粛《げんしゅく》に響《ひび》いた、一同は位置についた。
絞車盤《こうしゃばん》が糸をのばしはじめた、富士男を乗せたたこは、じょじょにのぼってゆく、一同はただ黙然《もくねん》とあおいで、そのゆくえを見まもった、せき一つするものもない。
すーとかごが地をはなれたとき、富士男はめまいを感じた、かれはウンと腹に力を入れて息をすった、さいわい、たこはかたむきもせず頭もふらず、きわめて動揺《どうよう》が少ない、かれはかごの四方をつった縄《なわ》をしっかとにぎった、と、ブルンとたこがうなって、ひとゆれがきた、からだが一しゅんブルブルとふるえた、それはおそろしいような、こそばゆいような、名状《めいじょう》のできない感じであった。十分間ばかりしたころ、たちまち物につきあたったようなひびきがあって、かごがゆらゆらとゆれた、富士男は時間からおして、たこの糸《いと》がのびをはったのだと知った。
片手で縄《なわ》をにぎり、片手で望遠鏡をとって、四方を見おろした、湖水も、林も、岩壁《がんぺき》も、すべては墨汁《ぼくじゅう》をまいたようで、眼にはいるものはない、ただそれと知れるのは、島をかこむ海水と平和湖の水色ばかりである、北南西の三方はみな重々《ちょうちょう》たる密雲でとざされ、東の一
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