」
「待ってくれたまえ」と富士男は、少年どもの中へわってはいった。
「そんな無謀《むぼう》なことをしてもしものことがあったらどうするか」
「だいじょうぶだ、ぼくは三キロぐらいは平気《へいき》だから」とドノバンがいった。
「きみはだいじょうぶでも、ほかの人たちはそうはいかんよ、君にしたところでたいせつなからだだ、つまらない冒険《ぼうけん》はおたがいにつつしもうじゃないか」
「だが、向こうへ泳ぐくらいは冒険《ぼうけん》じゃないよ」
「ドノバン! きみにはご両親がある、祖国がある、自重《じちょう》してくれたまえ」
「だがこのままにしたところで、船はだんだんかたむくばかりじゃないか、だまって沈没《ちんぼつ》を待つのか」
「そうじゃないよ、いますこしたてば干潮《かんちょう》になる、潮が引けばあるいはこのへんが浅くなり、徒歩《とほ》で岸までゆけるかもしらん、それまで待つことにしようじゃないか」
「潮《しお》が引かなかったらどうするか」
「そのときには別に考えることにしよう」
「そんな気の長い話はいやだ」
ドノバンはおそろしいけんまくで、富士男の説に反対した。がんらいドノバンはいかなるばあいにおいても、自分が第一人者になろうという、アメリカ人特有のごうまんな気性《きしょう》がある。かれはこのために、これまで富士男と衝突《しょうとつ》したのは、一、二度でなかった、そのたびごとにドノバンのしりおしをするのは、イルコック、ウエップのふたりのドイツ少年と、米国少年グロースであった。
かれらは航海のことについては、富士男やゴルドンほどの知識がなかった。だから海上に漂流《ひょうりゅう》しているあいだは、なにごとも富士男の意見にしたがってきたが、いま陸地を見ると、そろそろ性来《せいらい》のわがままが頭をもたげてきたのである。
かれら四人は、ふんぜんと群《む》れをはなれて甲板《かんぱん》の片すみに立ち、反抗《はんこう》の気勢《きせい》を示そうとした。
「待ってくれたまえドノバン」
と富士男はげんしゅくな声でいった。
「ねえドノバン! きみはぼくを誤解《ごかい》してるんじゃないか、ぼくらは休暇《きゅうか》を利用して近海航行を計画したときに、たがいにちかった第一条は、友愛を主として緩急《かんきゅう》相救《あいすく》い、死生をともにしようというのであった、もしわれわれのなかでひとりで単独行為《たんどくこうい》にいずるがごとき人があったら、それはその人の不幸ばかりでなく、わが少年連盟《しょうねんれんめい》の不幸だ、いまの時代は自己《じこ》一|点張《てんば》りでは生きてゆけない、少年はたがいにひじをとり、かたをならべて、共同戦線に立たねばならぬのだ、ひとりの滅亡《めつぼう》は万人の滅亡だ、ひとりの損害《そんがい》は万人の損害だ、われわれ連盟は日本英国米国ドイツイタリアフランス支那インド、八ヵ国の少年をもって組織《そしき》された世界少年の連盟だ、われわれはけっして私情《しじょう》をはさんではいけない、もしぼくが私情がましき行為《こうい》があったら、どうか断乎《だんこ》として、僕を責《せ》めてくれたまえ、ねえドノバン」
「わかったよ、だがきみは、なにもぼくらの自由を束縛《そくばく》するような、法律をつくる権利がないじゃないか?」
ドノバンはいまいましそうにいった。
「権利とか義務とかいうのじゃないよ、ただぼくは、共同の安全のためには、おたがいに分離《ぶんり》せぬように心を一にする必要があるというだけだ」
「そうだ、富士男の説は正しい」
と、へいそ温厚《おんこう》な英国少年ゴルドンがいった。
「そうだそうだ」
幼年どもはいっせいにゴルドンに賛成した。
「ねえきみ、気持ちを悪くしてくれるなよ」
富士男はドノバンにいった、ドノバンは、それに答えなかった。
そもそもこの陸は大陸のつづきであるか、ただしは島であるか、第一に考えなければならないのは、この問題である。富士男は北に高い丘をひかえ、岩壁《がんぺき》の下に半月形にひらけた砂原を見やっていった。
「陸には一すじの煙も見えない、ここには人が住んでないと見える」
「人が住まないところに、舟が一そうだってあるものか」
とドノバンは冷笑《れいしょう》した。
「いやそうとはいえまい」とゴルドンは思案顔《しあんがお》に「昨夜の嵐《あらし》におそれて舟が出ないのかもしらんよ」
三人が議論《ぎろん》をしているあいだに、他の少年たちはもう上陸の準備《じゅんび》にとりかかった。固《かた》パン、ビスケット、ほしぶどう、かんづめ、塩《しお》や砂糖、ほし肉、バタの類はそれぞれしばったり、つつんだり、袋《ふくろ》にいれたり、早く潮がひけよとばかり待っていた。七時になった。だがいっこう潮が引かない、そのうえに船はますます左にかたむい
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