君、サービス君、きみらふたりは幼年組といっしょに、たこを岡のほうへ運んでくれたまえ。ぼくとバクスター、ガーネット君三人で、ろくろのほうを守るから」
 と富士男がいった。
「オーライ」
 準備はまったくできた。とフハンがなにを発見したのか、二声三声けたたましくほえると、たちまち身をおどらして、だちょうの森を目がけてばく進した。一同はびっくりして手を休めた。
「どうしたんだろう」
 と富士男がいった。
「なにかえもののにおいをかぎだしたんだよ、かまわずにぼくらは仕事をつづけよう」
 とサービスがいった。
「待ってくれたまえ、フハンのほえ声が、いつもとちがう」
 と富士男がいった。
「ようすを見たらどうだ」
 とゴルドンがいった。
 ものがなしいほえ声がつづく、それは人を求める声だ。
「だれか早く武器を!」
 と富士男がさけんだ。
 言下に次郎とサービスが洞にとびいって、各一個の装薬《そうやく》した銃をとってきた。
「弾《たま》がはいってるね!」
「いまつめてきたんだよ、兄さん」
 と次郎がいった。
「いこう」
「ぼくもいこう」
 とゴルドンがいった。
 四人はかけ足で、フハンが突入した、だちょうの森へわけいった。しきりに人をよぶフハンのほえ声は、樹間にこだまして悽愴《せいそう》にひびく。
「南のほうだよ」
 とゴルドンがいった。
 声をたよりにゆくこと半町ばかり、フハンが大きな松の木の下に、地をかき、尾をまたのあいだにはさんで、ほえつづけている。
「あっ! 人間だよ!」と次郎がさけんだ。
 なるほど人間らしい形が、松の根もとに横たわっている。四人は足音をしのばせて近づいた、フハンが喜びの声をあげてとんできた。
 それはまさしくひとりの婦人であった。雨にぬれた粗布《そふ》の服をきて、茶色の肩かけをまとった、年のころ四十二、三の女である。髪《かみ》は乱れてあお白くしょうすいした顔にへばりつき、死人のように呼吸《いき》も絶え絶えに昏倒《こんとう》している。
 四人はしばしばものもえいわず、ぼうぜんと立ちつくした。むりもない、この島に漂着《ひょうちゃく》してからここに二年、そのあいだ一行がほかの人間を見るのは、いまがはじめてである。
「まだいきがある」
 とゴルドンが沈黙《ちんもく》を破った。
「餓《う》うえつかれているのだ」
 と富士男がいった。と次郎がとつぜん身をひるがえして、洞さして走った。まもなくかれは手に若干《じゃっかん》の乾《ほ》し餅《もち》と、少量のブランデーを持ってきた。
「ありがとう」
 とゴルドンが、次郎の機敏《きびん》の処置《しょち》を感謝した。
 富士男は婦人に近づいて口をひらき、数滴《すうてき》のブランデーをそそいだ。一同は緊張《きんちょう》してじっとみつめた。ムクムクとからだが動いた、と目をひらいてぼうぜんと四人の顔を見まわした。
「やあ、気がついた」
「おあがんなさい」
 と次郎が乾《ほ》し餅《もち》をさしだした。婦人は目に喜びの色を見せて、せわしくとるかと見れば口に運び、一気にのみこんでしまった。
「ありがとう」
 となかば身をおこしていったかと思うと、気がゆるんだのか、ぱったりとたおれた。
「死んだ」
 とサービスがいった。
「安心したのだよ」
 とゴルドンがいった。
 急製のたんかで婦人はまもなく、一同の手によって、左門洞へ運ばれた。
 ベッドの上に安臥《あんが》させられた婦人は、一時間ばかりしてぱっちりと目をさました。かの女はふしぎそうにあたりを見まわした。
「ああ、わたしはたすかった」
「お気がつきましたか」
 とゴルドンがいった。
「もうだいじょうぶだ」
 と富士男がいった。
 一同はほっと安心の吐息《といき》をついた。
「みなさんはどうして、こんなところへ住んでいらっしゃるの?」
 と婦人が、自分をとりまいている一団の少年の生活を、あやしむようにいった。
 富士男がかんたんにいちぶしじゅうを語った。
「まあ! なんという健気《けなげ》な子どもたちでしょう」
 と婦人は自分の遭難《そうなん》はわすれて、一同の忍耐《にんたい》と勇気とに、涙を流して感嘆《かんたん》した。
「おばさんはどうしてこんなところへこられたのですか」
 とゴルドンがきいた。
「ええ、お話ししましょう」
 一同は好奇の目をみはって、婦人のそばちかくよった。かれらは婦人の一語一句に身をふるわせ、手に汗をにぎってききいった。
 婦人の話はこうである。
 かの女はアメリカ人で、レーデー・カゼラインとよんだ。だがかの女らの友だちは、ケートと愛称《あいしょう》した。ケートは二十年ちかくもニューヨークの富豪《ふごう》、ベンフヒールド氏の家に奉公《ほうこう》して女執事《おんなしつじ》をつとめた。ちょうどいまから一ヵ月まえ、ベン氏夫妻はチリーの
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