一歩だということなんだよ」
「そうか。どうりでカンカンおこって、だちょうの森へ山ねこをさがしにいったんだね」
「山ねこ」
と富士男がふしぎそうにいった。
「ハハハハ、山ねこをとってきて、ねずみ征伐《せいばつ》をやろうって寸法なんだ」
「ハハハハ、支那人らしいのんきな計画だね、ハハハハ」
富士男はゴルドンの話じょうずにひきこまれて笑った。
「ハハハハ、愉快! 愉快! 君はとうとう笑ったね、もうだいじょうぶだ、ありがとう」
とゴルドンが、いかにもうれしそうにニコニコした。と急にまじめになって、
「富士男君! ぼくはきみがこれまでのように快活であってほしいのだ。ぼくはきみの苦しい立場は十分に同情する、けれど一|考《こう》してくれたまえ。いま大統領の重位にあるきみが、元気のない顔を見せると、一同はよけいに落胆《らくたん》してしまう。兄とも父とも信頼している幼年組は、だいじな支柱《しちゅう》を失ってしまって、なにをたよりとしていいかわからなくなる。その結果は連盟はバラバラになって、収拾《しゅうしゅう》できない混乱《こんらん》におちいってしまう、それはおそろしいことだ。ね、つらいだろうがここはひとふンばりして、もとどおり陽気に元気にいきいきとやってくれたまえ、たのむ」
連盟の危機《きき》をうれい、富士男を鼓舞《こぶ》するゴルドンの言々句々《げんげんくく》は、せつせつとして胸にせまる、富士男は感激《かんげき》にぬれた眼をあげた。
「ありがとう、ゴルドン君! ぼくははずかしい、ぼくは重大な責務を忘れていた、ゆるしてくれたまえ」
キラキラと光るものが、紅潮したほおに、銀線をひいて流れた。
「いや、ぼくこそみんなにかわってお礼をいうよ」
とゴルドンのほおも涙にぬれた。
「きみはあまりに心労しすぎるよ、ドノバンがいかに剛腹《ごうふく》でも、この冬までにはかならず帰ってくるよ。四人がいかに力をあわしても、きびしい冬とたたかうことはむずかしい。心配はいらないよ、春に浮かれて飛びだした思慮《しりょ》のたりない小鳥だと思えばいいさ。きっと冬になったら、もとの巣がこいしくなって帰ってくるよ、そのときぼくらはあたたかい心をもってむかえてやればいい」
「そうだ、ぼくはあまりに考えすぎていた」
「ハハハ、これでどうやら過敏症《かびんしょう》も全快らしいね、おめでとう」
とゴルドンがほがらかに笑った。
「元気にやろうよ」
「快活《かいかつ》にやるよ」
「じゃその第一歩に元気に笑おう」
「よし!」
と富士男が力強く応じた。
「一、二、三、ハハハハ」
「ハハハハ」
春の日は西にうすずいて、最後の残光を林に投げ、ふたりのほがらかな笑い顔に送った。
「やあやあここでしたか」
とモコウがとんできた。
「食事ですよ」
かれはひさしぶりの富士男の笑い顔を見て、目を白黒さした、事件以来あおざめてゆく主人のようすに、やきもきと心配していたのだった。
「モコウ、鼻のおできはもうなおったのか?」
富士男はゴルドンのさっきのことばを思いだした。
「おでき?」
とモコウがふしぎそうに鼻をつまんだ。
「そんなもの、できやしませんよ」
「ハハハハ、昔々、モコウ君の鼻にまっかなおでき[#「おでき」に傍点]がふきでました。それがとつぜん噴火《ふんか》したので、あとがまッ黒にこげてしまいました。ハハハハ」
こういってゴルドンが笑った。
「そうか、そうだったのか」
富士男はいまゴルドンが自分を快活《かいかつ》にみちびこうとして、笑話《しょうわ》をつくったのだとはじめてわかった。
「ひどいな、ゴルドンさん」
とモコウがもう一度、鼻をつまんで鳴らした。
「ハハハハ」
「ハハハハ」
晩餐《ばんさん》が和気《わき》あいあいのうちにおわった。モコウが気をきかして食前にくばったぶどう酒の一杯が、一同のほおをあかくそめた。心はうきうきと楽しい。と沈黙家《ちんもくか》で少年工学博士バクスターがとつぜん立ちあがった。
「諸君、ぼくはぼくらが一日も早く助かるために一つの発明をした」
パチパチと拍手《はくしゅ》がとんだ。
「拍手なんかしちゃ、あとの話ができないよ」
とバクスターが、あかくなった。
「どんな発明だい」
「早く発表してくれたまえ」
一同は好奇の眼をみはってうながした。
「それはほかでもない。あの希望が岡の信号球は、海面を抜くことわずかに六十メートルにすぎない、これは連盟島のきわめて近距離《きんきょり》のあいだを航海する船だけにしかみることができない。いまもしぼくらが水平線上に船隻《せんせき》を発見したとしても、拱手《きょうしゅ》して見送るよりほかはない。さいわいぼくらは多くの帆布《ほぬの》やリンネルをもっている、これを有効《ゆうこう》に用いて、ここに一個の大だこをつくり、もっ
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