木の陰にかくれてくれたまえ。ぼくはグロースとふたりでうちとってくる」
ぼくは銃をとってしらべた。ふたりは足音をしのばして巨獣に近づいた。あいへだたること三十六メートルばかり!
「だいじょうぶか」
「よし!」
ねらいはきまった、ぼくらは同時に発砲した。巨獣は鋼鉄《こうてつ》の皮でできているのかもしれない。いっこうに銃丸のとおったようすもない。ただ異様なたけりをあげると、巨大なからだをひとゆすりして、密林のなかへすがたをけした。銃声をききつけて、ウエップとイルコックがとんできた。
「どうだった」
「逃げたよ」
「弾丸《たま》があたらなかったのか」
「あたったけどはねかえった」
二人は目を丸くした。ぼくはふと巨獣によくにたものを学校で習ったことを思い出した。
「わかったよ諸君! これは南アメリカの河畔に見るばくの一種だ」
「害を加えるのか」
「いやばくはけっして害を加えない、だが、用にもたたない」
「南アメリカにすむばくの一種だとすれば、この島はあるいは大陸の一部かもしれないね」
「そうだ、島にあんな巨獣がすむわけはない」
「ぼくもいまそう考えたところだ、とにかく、もう少し探検しよう」
一同は急に元気百倍した。その夜ぼくらは、探征《たんせい》の第一夜をぶなの林で明かした。あと十五キロメートルばかりで、目的地《もくてきち》の北浜に達するのだ。あすの希望をひめて一同早く寝につく。
× × ×
ドノバンの日記はここでおわって、あとは空白《くうはく》である。それは一行が大暴風雨にみまわれたため、日記帳もなにもいっさいずぶぬれになったためである。そこで筆者は四人のその後の行動を報道しよう。
朝からおだやかならぬ雲行きを見せていた空は、午《ひる》ごろから、いまにも泣きだしそうになった。
「いよいよくるな!」
と空を見あげてグロースがいった。
「ひきかえそうよ」
「そりゃだめだ。いまからひきかえしてもとちゅうでどんな目にあうかもしれない。どこかかっこうの場所をさがしたほうが安全だ」
とドノバンがはげますようにいった。四人は足を早めた。風は刻《こく》一|刻《こく》はげしく吹き加わり、横なぐりの大粒《おおつぶ》の雨がほおをうった、とはげしい電光が頭上にきらめいた。
「あぶない! 地に伏せ」
ドノバンがさけぶと同時に、耳をつんざくごうぜんたる霹靂《へきれき》! 数間先のぶなの大木がなまなましくさかれて風におののいている。
「助かった」
と一同はホッとして顔を見あわせた。
「早くこの林をぬけださねばあぶないぞ」
雨と風にさいなまれながらも、屈せずたゆまず、あえぎあえぎ道をいそいだ。あらしの中に日が暮れた。四人はめくらめっぽうにすすんだ。と風のなかに遠くほえるようないんいんたる別様《べつよう》のひびきが耳をうつ。それは森をへだてておこるようだ。
「待て!」
と、ドノバンが立ちどまった。
「きこえるか」
「波の音のようだ」
「そうだ、ぼくらはとうとう目的地へついたのだ」
「万歳!」
かれらは急に元気をとりかえした。
森をぬけると視野《しや》はかつぜんと開けて、砂浜の先に、たけりくるった黒い海が、白いきばをむきたてて、なぎさをかんでいる。黒闇々《こくあんあん》のなかに白く光る波がものすごい。
「あっ! ボートだ!」
とイルコックがさけんだ。
指さす左のほうに、右舷《うげん》を砂浜に膠着《こうちゃく》さして、一せきのボートがうちあげられているのが、かすかにそれと見える。
「あっ人間だ」
ウエップがさけんだ。
ボートから十メートルほど左の、引《ひ》き潮《しお》がのこした海草の上に、二個の死体が、一つはあおむけに、一つはうつぶせに横たわっている。
あまりのおどろきに、一同はしばし声もえたてず、石像のごとく立っていた。
「何者だろう」
とドノバンが小声でいった。
一同は顔を見あわした。恐怖《きょうふ》と好奇《こうき》の無言のうちに、四人は死体のほうへすすんだ。死体は十数メートル先にほの白く光っていた。みだれた髪《かみ》が白蝋《はくろう》の顔にへびのようにくっついている。ぞっと戦慄が身内を走った。「ワッ!」と悲鳴をあげたウエップが、とつぜんかけだした。浮き足だった三人もつづいてかけだした。ぶなの林のなかに逃げこんで、一同はホッと息をついた。嵐《あらし》はいつやむ気配《けはい》もない。夜のやみにゴウゴウと林の鳴る音がものすごい、烈風にまきあおられた砂が、小石を混《こん》じてつぶてのように顔をうつ。一同は生きた心地もない。
「みんな手をにぎろう」
とドノバンがいった。一同はかたく手と手をにぎりあった。
雨がようやく小降《こぶ》りになった。東の空にあかつきの色が動きそめた。恐怖《
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