に、そこはいぜん無辺《むへん》の海波びょうびょうとして天をひたしている、一|望《ぼう》目をさえぎるなにものもない、ぼくは胸底深くひめていた計画をはじめて発表した。
「諸君! ぼくはやはり、この島がアメリカ大陸に、近いと信ずる、チリー、もしくはペリコウにおもむかんとして、ホルン岬をすぐるところの汽船はきっと、航路をこの島の東方にとって、この沖をすぎなければならないと思うのだ。ぼくが諸君とともに、ここに居を定めんと決心したのは、一つはここで、これらの汽船を見張るためだったのだ、富士男は失望のあまりに、ここを失望湾と名づけた。けれどぼくはこの湾は長くぼくらを失望させないだろうと信ずる。むしろ希望の湾ではなかろうか。早晩《そうばん》、きっとぼくらは帆影《ほかげ》を沖に発見することができると信ずる」
 ぼくの演説《えんぜつ》は三人を歓喜《かんき》さした。
「さすがにドノバン君だ! えらい!」
 とイルコックがいった。
「そんな深い計画だとは思わなかった」
 とウエップがいった。
「そうだ、ぼくらは偉大《いだい》な首領をいただいて幸福だ、ぼくはいまドノバン君を大統領に推薦《すいせん》したいと思う」
 とグロースがいった。
「もちろん異議《いぎ》なし」
「賛成《さんせい》だ」
 ぼくはとうとう大統領に推薦された。大統領! それはどんなに望んでいたことだろう。三人の手下では少々さびしい気もするが、やはりうれしい。将来の住宅である洞《ほら》もきまった。つぎは、左門洞にのこしてきたぼくらの財産を、一日も早く運搬《うんぱん》しなければならない。晩餐《ばんさん》後、僕は一同にはかった。
「ぼくらの財産はどうして運ぶことにするか」
「そりゃもちろん、ボートで運ぶのがいちばんいい」
 とグロースがいった。これはぼくの考えと一致する、陸路をとることは、来るときの道を思えば、とうていぼくらの手にあまる難事だ。
「だがいったい、だれがボートをこぐのか」
「黒ん坊にたのむさ」
「モコウにはたのみたくない」
「なぜだ」
「ぼくらは独立の第一歩において、かれのやっかいになった、そしていままたかれの力をたのむために、頭をさげなければならないとなると、大なる恥辱《ちじょく》だ」
「ハハハ、遠慮《えんりょ》にはおよばないさ。黒ん坊は働くために生まれてきたのだから、使ってやれば喜んでいる」
 とグロースがこともなげにいった。
「そうだそうだ。ぼくらはかれを働かしてやるのだから、感謝されこそすれ、こちらから頭をさげることはいらない」
 とウエップがいった。
 ぼくはあまり感心しなかったが、衆議《しゅうぎ》にしたがうことにした。
「では第二案として、左門洞に帰るまえに、ぼくらは浜辺にそって、島の北部を探征《たんせい》することを提議《ていぎ》する。たとえ荷物をとりに帰るとしても、ぼくらはなにか一つてがらをたてておきたいからだ、諸君はどう思う」
「そりゃすばらしい計画だ」
「左門洞の一同の鼻をあかすに、絶好の計画だ」
 衆議は一決した。いよいよ探検するとなれば、往復に少なくとも三日の日数をついやさねばならない、十分なる睡眠《すいみん》と、英気を養うために、早目に寝につく。
 十月十四日、未明の空にはなごりの星があわく光っていた、太陽はまだあがらない。黄卵色の雲が東の空に浮いていた。清涼な風が身をひきしめてすがすがしい。ぼくらは第二の探検地、北方をさしてすすんだ。およそ四キロメートルばかりのあいだは、浜辺一帯の岩つづきで、ただ左手の林ぎわのほうに、はば三十メートルばかりのひとすじの砂道がのこっている。岩のつきるところで、道は小さな流れに遮断《しゃだん》された。
「ああ、川だ!」
 僕は立ちどまった。川底の小石がすきとおって見える、小魚が銀鱗《ぎんりん》の背を光らして横ぎる。
「これはきっと、平和湖から流れて海にそそぐのだ」
「ぼくらが発見した川だ、名前をつけよう」
 とグロースがいった。
「大統領に一任しよう」
「賛成!」
「では北方川《ほくほうがわ》と命名しよう」
 一同はこれに賛成した。グロースが、川べりにおりて顔をあらった。
「つめたいいい水だ!」
 兵糧《ひょうろう》係のかれはぬけめなく、水筒《すいとう》にいっぱいつめこんだ。ぼくらも思い思いに顔をあらった。
 川をわたると、おおいしげった密林のなかに出た。木の間をもれる日が、斑《ふ》のように下草にうつっていた。
 しばらくゆくと先頭のグロースがとつぜん立ちどまった。
「あっ! ドノバン、あれはなんだろう」
 指さすかなたを注視《ちゅうし》すれば、おいしげる灌木林《かんぼくりん》をおしわけて、一個のぞうのような巨獣《きょじゅう》がすすんでくる。
「あッ! こっちへくるぞ」
 ウエップが叫んだ。
「イルコックとウエップは、この大
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