、ドノバンの日記によって知ることにしよう。
十月十日、ぼくらはとうとう独立した。独立の第一歩において、モコウのボートにうつらなければならなかったことは大言のてまえすこし遺憾《いかん》だった。だが、これはだれもがボートをあやつる知識と熟練にかけているのでしかたのないことだ。うららかな春光をあびてぼくらは湖《みずうみ》の南端をさしてすすんだ。ゆくこと八キロメートルあまりにして湖の南端に達した。日はまだ高かったが、いそぎ旅でもなし、ここで一泊することにきめた。とちゅう大がもを射とめたことはなんとなくさいさきがよい。晩飯はこの大がもですました。
十月十一日、未明に出発、湖畔《こはん》にそってすすむ。たちまち一個の砂丘に達した。丘上に立って左右をながめると、一方は湖が鏡《かがみ》のごとくひらき、他方には無数の砂丘が起伏連綿《きふくれんめん》とつづいている。
「こんな砂丘ばかりだったらたいへんだぞ、食糧を求めるに困難《こんなん》する」
と兵糧係《ひょうろうがかり》のグロースが心配そうにいった。
「なにだいじょうぶだ」
とぼくはとにかくすすむことに決心した。一方は湖だし、いまさらひきかえすことも残念《ざんねん》だ。ゆくにしたがっていよいよ丘陵《きゅうりょう》が多くなった。一|登《とう》一|降《こう》、骨の折れることおびただしい。どうやら地面の光景は一変した。十一時に湖のひょうたん形に入りこんだ小さな湾に達した。ゆうべの大がものあまりをひらいて昼食にした。とにかくもういっぺん地形を正確に知る必要がある。湾の上はうっそうたる森のはしで、これからすすもうとする東北二方は、まったくこの大森林におおわれている。ぼくはグロースのかたをたたいていった。
「おい、天は兵糧係《ひょうろうがかり》グロース君に無限の宝庫をあたえた」
一同は勇気百倍した。案のごとく林中には、だちょう、ラマ、ベッカリー、および、しゃこ、その他の禽獣《きんじゅう》が無数にすんでいる。グロースは晩餐《ばんさん》をにぎわすといって、さかんに鉄砲をうった。とうとうえものをひとりでは持ちきれなくなって各自が分担《ぶんたん》した。この宝庫は本島内の他の諸林にゆずらないと思う。六時ごろ、一すじの川のほとりに出た。いよいよ露営《ろえい》だ。と、テント係のイルコックが、とんきょうな声をはなった。
「ヤアヤアだれかここに宿ったやつがあるぞ」
見れば大樹の下にたき火のあとが、黒々とのこって、燃えさしの枝が散乱している。
「何者だろう」
一同は不安に顔を見あわした。ふいに何者かの襲撃《しゅうげき》を受けないともかぎらないので、ふたりずつ交替《こうたい》に休むことにした。
× × ×
八ヵ月以前富士男が次郎とモコウをしたがえて、失望湾《しつぼうわん》をくだらんとする前夜、露営した同じ樹下に、八ヵ月後分離した四人が、別に新たに居を定めようとは、だれが予想しえよう。
同じく、グロース、ウエップ、イルコックの三名も、いまとおく左門洞の楽園をはなれて、ひとりせきばくたる、この樹下に横臥《おうが》するとき、さきにこの樹下にねむりし人をおもい、左門洞のことを思えば、その心の奥に一まつのくゆるがごとき、うらむがごとき、一種の念のきざすのを禁じることができようか。
× × ×
十月十二日、僕は一同にはじめの計画を変更することをはかった。それはまずこの川をわたって左岸にそい、失望湾まで下降することである。
「川を渡ってくだるのも、川にそってくだってからわたるのも同じじゃないか」
とグロースが、抗議《こうぎ》を申しこんだ。
「そうだ。帰《き》するところは同じだが、このまえ、富士男が探検《たんけん》した話をきみは忘れはしまい。富士男の一行は左岸の林中に、ストーンパインを発見したというではないか、そうすればぼくらは、ゆくゆく果実を採集《さいしゅう》する便宜《べんぎ》がある。一|挙両得《きょりょうとく》じゃないか」
「なるほど、わかった」
「たよりない、食糧《しょくりょう》係だなあ」
ぼくがこういうとみなは笑った。衆議《しゅうぎ》は一決した。ぼくらは浅瀬をさがして容易にわたることができた、だが、この行路は思ったよりなかなかの困難だった、下草はこしを没し、すねにまといつく。少しゆくと沼沢《しょうたく》にであい道がとだえる、密林を用意したおので切りひらく、なかなかはかどらない。ようやく林をぬけだしたのはもう日は没して、闇《やみ》がたれこめる七時ごろであった。海が近いので濤声《とうせい》が気にかかって、容易に寝つかれない。
十月十三日、朝起きるとさっそくまず浜辺に出てみた。東方の地平線上を展望《てんぼう》する
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