ん》した。とモコウはふんぜんと、ドノバンにとびかかった。
「きたない! のけ! 黒ん坊!」
 ドノバンはみをかわしてどなった。
「待て! モコウ」
 富士男はいきりたつモコウをおさえた。
「ドノバン君! 暴言はつつしみたまえ。少年連盟は、人種を超越《ちょうえつ》した集団なのだ。きみはちかったことを忘れたのか、あやまりたまえ!」
「いやだ!」
「アメリカのやつはさぎ師だ。富士男さま、とめないでください、わたしはやつらをなぐり殺してやる」
 とモコウは白い歯をむきたてて憤怒《ふんど》した。
「ドノバン君! きみが悪い。いまの暴言をあやまりたまえ!」
 とゴルドンがいった。
「ぼくはなにもあやまる必要をみとめない」
「あやまらないのか」
 と富士男が目をいからした。
「いやだ」
「よろしい、きみらがそんな差別観念《さべつかんねん》にとらわれて、それをすてようともしないのなら、ぼくらはおたがいにいさぎよく別れよう。きみらはつごうのいいときに去ってくれたまえ」
 一同はこの分裂《ぶんれつ》の不幸に、愁然《しゅうぜん》として首をたれた。
「ドノバン君、ぼくらはきみらが他日《たじつ》、きょうの決意を悔恨《かいこん》する日のきたらんことをいのるよ」
 ゴルドンはこういって室を去った。
 重苦しい一夜が明けた。
 乳色の朝霧が平和湖をこめていた。日は森を出はなれてばら色の光を投げている。それはきのうと変わらぬ上天気を約束するかのようである。けれど、太陽のほがらかさにひきかえて、一同の心は、やみのように暗かった。支度《したく》もかいがいしく四人は、旋条銃《せんじょうじゅう》二個、短銃四個、おの二個、硝薬《しょうやく》若干《じゃっかん》、懐中磁石《かいちゅうじしゃく》一個、毛布数枚、ゴム製の舟、そして二日分の食物を携帯《けいたい》して、一同の見送りをうけた。しわぶきひとつするものもない、みなは悲しみに心をつつまれているのだ。
 四人は牢固《ろうこ》たる決意にもかかわらず、一同の悄然《しょうぜん》とした顔を見ると、さすがに、心のうちしおるるのをおぼえた。だが、しいてさあらぬさまをつくった。
「ではさようなら」
「さようなら」
 と一同がいった。
「ドノバン君!」と富士男はいった。「きみは三人の生命をあずかっているのだ。危険《きけん》のないようにたのむよ」
「心配ご無用」
 ドノバンはこうぜんと身をそらした。まもなく一行のすがたが森陰《もりかげ》にかくれた。
「とうとう去ってしまった」
 と富士男がかなしそうにいった。
「去る者をして去らしめよだ」
 それまで沈黙《ちんもく》をまもっていたゴルドンが、はじめて口をきった。
「さあ、みんな元気に、ぼくらはぼくらの仕事をはじめよう」
 一同はうながさるるように、洞穴のなかにはいった。
 さてドノバンの計画というのはこうである。数ヵ月前、富士男が失望湾の浜辺で発見したという岩窟《がんくつ》に居《きょ》をかまえ、ニュージーランド川の森で猟《りょう》をして食糧にあてれば、眠食ともに不自由なく、気ままの生活ができる、というのである。失望湾は左門洞から約二十キロメートルの距離《きょり》にある、これは万一のばあい、左門洞の一同と消息《しょうそく》を通ずるにしごく容易《ようい》である。
 まもなく一行はニュージーランド河畔《かはん》に到着した。
 川のほとりにモコウが、ボートを艤《ぎ》して一行を待ちうけていた。これは四人がボートをあやつる知識と、熟練《じゅくれん》に欠けてるのを知っている富士男が、モコウにむこう川岸まで送りとどけるように命じたのだった。この命令をうけたとき、モコウは首を横にふった。
「ご主人、こればっかりはおことわりします。ほかの人にやらせてください」
「なぜだ?」
「黒ん坊のボートで川を渡ったとなればかれらの恥でしょうし、あんなにご主人を侮辱《ぶじょく》したやつには、力をかしてやる理由がありません」
「モコウ、きみは私事と公事とを混用《こんよう》している、たとえかれらがぼくを侮辱したところが、それは小さな私事なのだ。私事のためにかれらに難儀《なんぎ》をかけることは恥《は》ずべきことだ、ぼくは連盟の大統領の職責から命じるのだ」
「わかりました。ですがご主人、わたしはかれらと一言もことばをかわしたくないと思いますが、これだけはゆるしてください」
「ハハハ、そりゃきみの自由だ」
 大統領の命令ならそむくわけにはゆかない。彼はいさぎよく渡川の任務をひきうけたのだった。
 ボートは川岸をはなれた。川霧はまったく晴れてオールに破れた川面《かわも》が、小波《さざなみ》をたてて、日にキラキラと光った。モコウは黙々としてオールをあやつり、黙々として四人を川岸にあげ、そして黙々としてこぎ帰った。
 一行四人のその後の行動は
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