ったり、種族《しゅぞく》をののしったりすることはつつましまなければならん。他をののしることはやがてみずからをののしることなのだ、がんらい少年連盟は八ヵ国の少年をもって組織《そしき》された世界の王国なのだ。もし人がぼくにむかってきみはどの国民かときいたなら、ぼくはいまたちどころに答えるであろう、僕は少年連盟国の人民ですと。この島にあるかぎりはぼくは連盟をもって僕の国籍《こくせき》とする、それでなければ長い長いあいだの洞窟生活《どうくつせいかつ》ができべきはずがない。じっさいぼくは連盟国のひとりとして世界に立ちたい、もしさいわいにぶじにニュージーランドへ帰ることができれば、ぼくはさらに連盟を拡大《かくだい》して世界の少年とともに、健全な王国を組織《そしき》したいと思っているのだ。ドノバンはなんのためにその頑冥《がんめい》なほこりと愚劣《ぐれつ》な人種差別とをすてることができないのだろう。なぜその偏狭《へんきょう》な胸をおしひらいて心の底からぼくらと兄弟になることができないのだろう。日本のことわざに交《まじ》わりは淡《たん》として水のごとしというのがある、日本人は水のごとしだ、清浄《せいじょう》だ、淡白《たんぱく》だ、どんな人とでも胸をひらいて交《まじ》わることができる。しかるに米国人たるドノバンはいつもにごっている。ぼくは日本をほこるのじゃない、米国をののしるのじゃない、しかしきょうこんなさわぎになったのをみて諸君の公平な眼で見た裁判《さいばん》に一任する。ぼくが正しいか、ドノバンが正しいか、ジャップたるぼくが正しいとすれば、ヤンキーたるドノバンはのろわれねばならん、そうしてその国の名誉《めいよ》もけがされねばならん」
「そのとおりだ」
 とゴルドンはげんぜんとしていった。
「ドノバン君、あやまりたまえ」
「いやだ」とドノバンはいった。「きみはいつでも富士男君のかたをもつんだね」
「富士男君は正しいからだ、ぼくは連盟の総裁《そうさい》として正しきにくみするだけだ、どう考えてもきみは悪い」
「悪くないよ」
「まあ待てよ、きみはいま昂奮《こうふん》してるから、とにかく森のほうへでも行って熱気《ねっき》をさましてきたまえ、富士男君もそれまであまり追究《ついきゅう》せずにいてくれたまえ」
「ぼくはいつでもドノバン君と握手《あくしゅ》したいと思っているよ」
 と富士男はいった。
 五月になるとそろそろ寒さがきびしくなってきた。森の小鳥は遠く海をこえてあたたかな地方へうつった。一同は毎日多くのつばめをつかまえてはそのくびに一同が漂着《ひょうちゃく》のことを書いた布《ぬの》をむすびつけて、はなしやった。
 六月になると大統領の改選期である。ドノバンはこんどこそは自分が大統領に選挙されるだろうと、例のもちまえのうぬぼれからそのときがくるのを待っていた。ところがじっさいにおいてはかれを好《す》くものはイルコック、ウエップ、グロースの三人だけで、その他の少年はドノバンをこのまなかった。それはドノバンがその才知にまかせて弁舌《べんぜつ》をふるい、他の少年を眼下に見くだすためと、いま一つは富士男のために投げとばされてさんざん説教《せっきょう》された醜態《しゅうたい》を演じたためである。
 だが少年の心は単調《たんちょう》を喜ばぬ、かれらはそろそろゴルドンがいやになってきた。温厚《おんこう》なゴルドン、常識にとんだゴルドン、しかも少年たちにはきびしく毎日の学課《がっか》を責めて、すこしもかしゃくしないゴルドン。どこが悪いというでもないが、なんとなくこんどの大統領はゴルドンでなく別の人であってほしいような気がした。
 六月十日の午後、選挙会が開かれた。めいめいは紙片に候補者《こうほしゃ》の名をしるして箱に投ずることとなった。ゴルドンは英国人特有のげんしゅくな態度《たいど》で選挙長のいすについた。
 選挙の結果は左のごとくであった。
 富士男――九点。ドノバン――三点。ゴルドン――一点。
 富士男は最大多数であった。ゴルドンとドノバンは選挙権をすて富士男はゴルドンに投票し、ウエップ、グロース、イルコックはドノバンに投票したのであった。
 票数《ひょうすう》がよみあげられ、大統領は富士男と決定した、ドノバンは絶望《ぜつぼう》のあまり面色《めんしょく》を土のごとくになしてくちびるをかんでいた。富士男はひじょうにおどろいて百方|辞退《じたい》したが規律《きりつ》なればいたしかたがなかった。
「ぼくはとてもその任ではないと思うけれども、ゴルドン君に助けてもらったらあやまちなくやってゆけるだろうと思う」
 かれはこういってようやく就任《しゅうにん》した。万歳の声が森にひびき雪の野をわたって平和湖までとどろいた。
 この夜富士男はひそかに弟の次郎をよんだ。
「次郎君、ぼく
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