上に落ちた。
「しまった」
 とグロースがいった。
「いやいや敵もまたしくじるから同点になるよ、見ていたまえ」
 とイルコックがいった。
 最後に富士男の番になった。
「富士男君たのむぜ」
 とサービスがいった。
「あてにするなよ、ぼくはへただから」
 と富士男は微笑《びしょう》した。そうしてはるかの棒を見やった。かれはもとより勝敗《しょうはい》に興味をもたなかった、負けたところでさまでの恥でもないし、勝ったところでほこるにたらず、こう思っている。
 かれは棒と自分の距離《きょり》をはかり、それから手に持った輪の重さと旋回《せんかい》の力を考え、つぎに自分のからだの位置とコントロールを考えてるうちに、それを考えることの興味《きょうみ》のほうが勝敗の興味よりもずっと深くなってきた。それだけかれは冷静《れいせい》であった。
 かれはねらいを定めて輪を投げた、輪はうなりを生じて鉄棒《てつぼう》を中心にくるくるくるとからまわりをしながら棒の根元にはまった。
「二点! 万歳! 総計七点! 万歳!」
 サービスはおどりあがってさけんだ。
「万歳! 勝った」
 とバクスターもガーネットもおどった。
「異議《いぎ》がある」
 とドノバンはさけんだ。
「なんだ」
 とサービスがいった。
「富士男君はカンニングをやった」
「そんなことはない」
「いやカンニングだ」
 ドノバンはまっかになってサービスをどなった。
「どうしてカンニングというか」
「富士男君はラインの外に足をふみだした」
「それはきみの見あやまりだ、富士男君は一歩も足をふみださない」
「いやふみだした」
 ふたりの争いがあまりにはげしくなるのを見て富士男は前へすすみでた。
「ドノバン君、こんなことは遊戯だからどうでもいいけれども、しかしカンニングで勝ったと思われては人格上の問題になるから、それだけは弁明《べんめい》しておくよ、僕はけっしてラインをわらなかったよ」
「いやわった」
「ではくつのあとと白墨《はくぼく》の線とを見てくれたまえ」
「そんなものは見んでもわかってる、きみは卑劣《ひれつ》だよ」
「卑劣? そんなことばがきみの口から出るとは思わなかったね」
「卑劣だ、いったいジャップは卑劣だ、なんだ有色人種のくせに」
 ドノバンはペッと大地につばをはいた。富士男の顔はさっとあからむとともに、そのいきいきとした大和民族《やまとみんぞく》特有《とくゆう》のまっ黒なひとみからつるぎのごとき光がほとばしりだした。
「もういっぺんいってみろ」
「ジャップは卑劣だ、有色人種は卑劣だ」
「こらッ」
 富士男はドノバンの腕をぐっとつかむやいなや、右にひきよせて岩石《がんせき》がえしに大地にたたきつけた。それはじつに間《かん》髪《はつ》をいれざる一せつなの早わざである。他の少年たちはただあっけにとられて眼をぱちくりさせた。
「もういっぺんいう勇気があるか」
 富士男はぐっとそののどもとをおさえていった。がこのときゴルドンが急をきいてかけつけてきた。
「どうしたんだ、まあよせよ」
 かれは富士男をひいて立たしめ、それから赤鬼のごとく歯がみをして立ちあがったドノバンの腕をしっかりとつかんだ。
「どうしたんだ、きみらにはにあわんことをするじゃないか」
「ぼくは卑怯者《ひきょうもの》を卑怯だといったのに富士男は乱暴《らんぼう》をした」
 とドノバンはいった。
「それはいかん、きみが富士男君を卑怯者だといったのが悪い」
「しかしかれは腕力《わんりょく》に……」
「侮辱的《ぶじょくてき》のことばは腕力よりも悪いよ」
「そんなことはない」
「きみはだまっていたまえ」
 ゴルドンはこういって富士男にむかい、
「どうしてこんなことになったのだ」
「ドノバン君がぼくを卑劣だといっただけなら、ぼくはききながしておくつもりだったのだ、だがかれは遊戯に負けたくやしさのやり場がないところから、ぼくをカンニングだの卑劣だのといったうえに、ジャップは卑劣《ひれつ》だ、有色人種は卑劣だといったから、ぼくはちょっとジャップの腕前《うでまえ》はどんなものかを見せてやっただけだ」
「ほんとうか」
 ゴルドンは顔色をかえてドノバンにいった。
「ほんとうとも、ぼくの本国では日本人と犬入るべからずと書いた紙札を畠《はたけ》に立ててあるんだ」
「きみは……けしからんことをいう」
 とゴルドンはどなった。
「このとおりだ」と富士男は笑って「アメリカ人が犬であるか、日本人が犬であるか、いまぼくがいうまでもなく諸君がわかったろう。諸君、ぼくは高慢《こうまん》なアメリカ人、伝統《でんとう》のないアメリカ人、礼儀《れいぎ》も知らず道義も知らず物質万能《ぶっしつばんのう》のアメリカ人、とこういったなら米国人はどんな気持ちがするだろう。おたがいにその国をののし
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