士男さん、どうか次郎さんの罪をゆるしてあげてください」
「ぼくは兄弟だからゆるしてやりたいが、しかしみんなはけっしてゆるさないだろうと思う」
「むろんゆるしはしますまいが、それをいま荒らだてて言ったところで、しようのないことです、いずれ次郎さんにはそれをつぐなうだけの手柄《てがら》はさせますから、それまではどうか秘密にしてあげてください」
「きみがそういうなら、ぼくもいましいて弟の罪はあばきたくないよ」
「ありがとうございます」
「いや、お礼はぼくがきみにいわなきゃならんのだ」
 やがて次郎がうさぎをさげて帰ってきた。十時になって潮がさし始めた。三人はボートをこぎだした。ちょうどその夜は満月であった、清光《せいこう》昼のごとく、平和湖に出たのはもう夜半であった。その夜はそこに一泊し、翌日の午後六時ごろぶじ左門洞《さもんどう》につくことができた。
 そのとき湖畔《こはん》につり糸をたれていたガーネットが三人のボートを見るやいなや、さおをすてて洞穴へ走り、三人の帰着をしらせたので、連盟少年はゴルドンをはじめとし一同でむかえて万歳をとなえた。
 この夜富士男は一同をあつめて遠征の結果を報告し、北東のほうに見えたあやしき白点のことなどをつまびらかに語った。いろいろな議論が出た。
「鳥か雲かをたしかめるために船をつくって遠征しよう」
「いや、そんなことに骨を折るよりもこの島に安住《あんじゅう》するほうがよい」
 議論の結果はやはりむだな冒険《ぼうけん》をせずに冬ごもりの準備をするほうがかしこきしかただと決定した。
 この月の中旬《ちゅうじゅん》イルコックはニュージーランド川に一|隊《たい》のさけがくだりゆくのを発見したので、毎日あみをおろしてさかんにさけを捕獲《ほかく》した。ところがさけが多くとれればそれをたくわえる方法を考えなければならぬ。そこでひじょうにたくさんの塩《しお》が必要になった。一同はサクラ湾に製塩場《せいえんじょう》をつくった。もとより完全なものではないが、浜辺に四角の大きな水ぶねをおいて、それに潮水《しおみず》をくみいれ、太陽の熱でもってその水気を蒸発《じょうはつ》させ、その底にのこった塩をかきあつめるようにしたのである。
 これはじつにはかばかしからぬ計画である、だが少年の共同一致の誠《まこと》の力は十分に塩を製しうることができた。
 三月になってドノバンはウエップとイルコックのふたりとともに毎日小鳥がりをつづけた。
 ゴルドンはみずから主となってだちょうの森へいってまきを採伐《さいばつ》し、二頭のラマをつかって運搬《うんぱん》をしたので、六ヵ月分以上のまきの貯蓄ができた。
 このあいだにもゴルドンは例の日課の勉強だけは一度も休まなかった、一週に二度の討論会《とうろんかい》もつづけた。討論会ではいつもドノバンが能弁《のうべん》をふるって一同をけむにまいた。
 ある日、四月二十五日の午後、少年連盟の上にとりかえしのつかぬ不詳《ふしょう》の事件がおこった。それはほんのささいな輪《わ》投げの遊戯からの衝突《しょうとつ》である。
 輪投げというのは平地の上に二本の棒を立て、一定の距離《きょり》をとってこの棒にはまるように木製の輪を投げるのである。
 リーグ戦の一方は富士男、バクスター、サービス、ガーネットの一隊で、一方はドノバン、ウエップ、イルコック、グロースの四人である。
 最初は合計七点で富士男組が勝った、つぎは六点でドノバン組が勝った。最後の決勝! それこそきょうの晴れの勝負である。幼年組が熱中するにつれて年長組もだんだん昂奮《こうふん》してきた。一点また一点、双方が五点ずつとなった、しかも残ったのは両軍ともひとりずつすなわちドノバンと富士男の一|騎打《きう》ちである。
「ドノバン、しっかりたのむよ、負けたらたいへんだ、どうだね」
 ウエップはむちゅうにさけんだ。
「だいじょうぶだよ、ぼくの手並みを見ておれ」
 ドノバンはどんな小さなことでも他人に負けるのがきらいであった。それだけかれは不屈不撓《ふくつふとう》の気魄《きはく》をもっているのだが、ときとして負けるのがいやさにずいぶん卑劣《ひれつ》な手段《しゅだん》を用うることがある。
 かれは輪に手を持ったまま、きっとくちびるをむすんで鉄の棒をにらんだ。もしかれが勝負を度外においてただ遊戯本位に考えをまとめ、負けてもきれいに負けようという気になって胸をしずめたなら、十分に成功したかもしれないのであった。負けたくない負けたくないといういらいらした気分が頭にせりあがるために、かれの神経《しんけい》はつりあいを失いねらいを正確に定めることができなかった。
 かれは矢声《やごえ》をはなって輪を投げた、輪はくるくると旋回《せんかい》して棒の頭にはまらんとしてかすかにさすったまま地
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