が大統領になったのをきみはどう思うか」
「ぼくはひじょうにうれしいよ、兄さん」
「どうして?」
「兄さんが大統領になったから、どんな用事でもだれにでもいいつけられるだろう、そうすると兄さん……これからいちばんむずかしい仕事があったらぼくにいいつけてください、ぼくは命をすててもかまわないから」
 富士男はにっこり笑っていった。
「よくいってくれたね次郎君、じつはぼくもそう思っているのだ」
 サクラ湾頭《わんとう》に立てた旗《はた》がさんざんに破れたので、蘆《あし》をとって大きな球をつくりそれをさおの先につけることにした。八月といえば北半球の二月である。寒暖計の水銀は零《れい》点下三十度にくだる日が少なくなかった。少年らは終日《しゅうじつ》室内から一歩も出ることはできない。かれらは喜んで富士男の指揮《しき》にしたがった。一同がもっとも感激《かんげき》したのはゴルドンの態度《たいど》であった、かれは大統領の任を富士男にわたすとともに率先《そっせん》して他の少年とともに富士男の号令に服従して、もっとも美しき例をしめした。
 が、人心はその面のごとく異《こと》なる。少年連盟におそるべき事件が勃発《ぼっぱつ》した。

     分裂《ぶんれつ》

 暖気がにわかにまわって湖水の氷が一時にとけはじめた。島に二年目の春がおとずれたのだ。天は浅黄色《あさぎいろ》に晴れて綿雲《わたぐも》が夢のように浮かぶ。忍苦《にんく》の冬にたえてきた木々がいっせいに緑《みどり》の芽《め》をふきだす。土をわって草がかれんな花をつけた。金粉《きんぷん》の日をあびて小鳥が飛びかい、樹上に胸をふくらまして千|囀《てん》百|囀《てん》する。万物がみないきいきとよみがえったのだ。それにもまして喜んだのは長い冬ごもりに、自由をうばわれていた少年連盟である。幼年組も年長組も一団となって洞穴をぬけだし、春光まばゆい広場で思う存分にはねまわった。
 ワッという笑い声が広場の一角にわいた、走りはばとびのスタートをきったモコウが、コースのとちゅうでつまずいて、まりのようにころんだのだった。かれはすばやく起きあがると頭をかきかき新しくスタートをきりなおした。急霰《きゅうさん》のような拍手《はくしゅ》が島をゆるがす、小鳥がおどろいて一時にパッと飛びたった。一同はまるでなつかしい校庭で遊びたわむれているときのように競技にむちゅうである。洞門の前の小岩にこしをかけて、一同の嬉々《きき》とするさまを見まもっていたゴルドンは、ニッコリして富士男にいった。
「あの元気いっぱいさはどうだ、みんなうれしそうだね」
「だが、ドノバンらがいないのはどうしたんだろう?」
 富士男はさっきからさがしているのだったが、ドノバン、グロース、ウエップ、イルコックの四人のすがたはどこにも見あたらなかった。
「みなが楽しそうに遊んでいるのに、四人をのけものにしては悪い、よんでこよう」
と富士男が立ちあがった。
「ぼくもゆこう」
 ふたりは洞穴のなかにはいった。室のすみに頭をあつめて、なにごとか相談にふけっていた四人は、ふたりの足音におどろいて話をやめた。
「ドノバン君! 室のなかにいないで、外へ出て遊ぼうじゃないか」と富士男がいった。
「いやだ!」
 とドノバンがいった。
「なぜだい」
 とゴルドンがいった。
「なぜでもいいよ。ぼくらはここにいたほうがおもしろいんだ。ね、諸君」
 こういって、ドノバンは三人と顔をあわしてニヤリと笑った。
「そうか」
 とふたりは室を出た。
 輪《わ》投げの事件があってから、ドノバンの富士男に対する態度《たいど》は目だって変わってきた。富士男は日本人の気性《きしょう》としてあっさりと水に流したのだったが、倣岸《ごうがん》のドノバンは、心をひらこうとはしない。そして大統領の選挙にもれてからは、ことごとに富士男にたてをつくようになった。ゴルドンはふたりのあいだにおって百方力をつくして、ふたりの交情をやわらげようとつとめたが、それはなんの効果《こうか》もあたえなかった。ついにドノバンは、グロース、ウエップ、イルコックの三人と党《とう》を組んで、食事のときのほかは一同と顔をあわすこともほとんどまれとなり、多くは洞穴の一|隅《ぐう》にひとかたまりとなって首をあつめなにごとかひそひそと語りあうのであった。
「ねえ、ゴルドン君、ぼくはこのごろかれらの態度《たいど》が不安でたまらない」
「どうして」
「人を疑《うたが》うことは日本人のもっとも忌《い》むところだ。だが、ぼくはドノバン君の態度《たいど》を見るに、なにごとかひそかにたくらんでいるように疑えてならないんだ」
「ハハハ、きみにもにあわない、いやに神経過敏《しんけいかびん》だね」
 こういってゴルドンは笑った。
「たといかれらがなにごとかひそかには
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