悪いぞ、ボートは幼年者のものだ、年長者はいかなるばあいにも、年少者のぎせいにならねばならぬとは、昔からの紳士道《しんしどう》じゃないか」
 ゴルドンはこういって、ドノバンを制《せい》した。そうして富士男を片すみにひいてゆきながらささやいた。
「きみ、ボートは危険《きけん》だ、あれを見たまえ、潮《しお》はひいたが暗礁《あんしょう》だらけだ、あれにかかるとボートはこなみじんになってしまうぞ」
「そうだ」
 富士男はがっかりしていった。
「このうえはただ一つの策《さく》があるばかりだ」
「どうすればいいか」
 ゴルドンは心配そうに富士男の顔をみつめた。
「だれかひとり、綱《つな》を持ってむこうの岸へ泳ぎつき、船と岸の岩に綱を張り渡すんだ、それから、年長者は一人ずつ幼年者をだいて、片手に綱をたどりながら岸へ泳ぎつくんだ」
「なるほど、それよりほかに方法がないね」
「では、そういうことにきめるか」
「だが、だれが第一番に綱を持って、むこうへ泳ぎつくか」
「むろんぼくだ」
 富士男は快然《かいぜん》として自分の胸をたたいた。
「きみが?」
 ゴルドンの眼はきらきらとかがやいたが、やがて熱《あつ》い涙がぼとぼととこぼれた。
「ドノバンは幼年者からボートを取ろうという、きみは幼年者のためにいちばんむずかしい役をひきうけようという、ぼくははじめて日本少年の偉大《いだい》さを知ったよ」
「このくらいのことは、ぼくの国の少年は、ふつうになっているんだ、そんなことはとにかくとして、綱の用意をしてくれたまえ」
 富士男は上着《うわぎ》をするするとぬいだ。

     探検《たんけん》

 いまこの南太平洋を漂流《ひょうりゅう》しつつある少年たちをもっとくわしく読者に紹介《しょうかい》したいと思う。
 諸君は世界の地図をひらくと、ずっと下のほうに、胃袋《いぶくろ》のような形をした、大きな島を見ることであろう、これはオーストラリアである。この島から右方のすこし下のほうに、ちょうど日本の形ににた島を見るであろう、これはニュージーランド島である。この島から西方に、無数の小さな島がまめのごとくちらばっている、この群島《ぐんとう》は、南緯《なんい》三十四度から、四十五度のあいだにあるもので、北半球でいえば、ちょうど、日本やフランスと同じていどの位置《いち》である。
 少年連盟《しょうねんれんめい》が風雨
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