《さく》がなかった。かれはなにかさぐるように狡猾《こうかつ》な目を光一に向けて微笑した。
「ぼくはすてきにおもしろい小説を買ったからきみに見せようと思ってね……いまは持っていないけれども晩に届けるよ。『春の悩み』というんだ」
「ぼくは小説はきらいだ」と光一はいった。
「ああそうか」と手塚はべつに恥じもせず、「それじゃ『世界の怪奇』てやつを君に見せよう、胴体が百五十|間《けん》もあるいかだの、鼻に輪をとおした蕃人だの、着色写真が百枚もあるよ、あれを持ってゆこう」
かれは軽快にこういってからつぎにさげすむような口調でチビ公にいった。
「どうだチビ公、その後は……商売をやってるの?」
「毎日やっています」とチビ公はいった。
「たまにはぼくの家へもよりたまえね、豆腐《とうふ》を買ってあげるからね、チビ公」
「チビ公というのは失敬じゃないか、ぼくらの学友だよ」と光一はむっとしていった。
「そうだ、やあ失敬、堪忍《かんにん》堪忍《かんにん》」
手塚は流暢《りゅうちょう》にあやまった。がすぐ思いだしたようにいった。
「きみの伯父さんがいまあそこであばれていたよ」
「どこで?」とチビ公は顔色をかえ
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