らぼくは賛成する、こそこそはぼくにできない、絶対にできないよ」
「偽善者《ぎぜんしゃ》だねきみは」と手塚はいった。
「なんとでもいいたまえ、ぼくは卑劣《ひれつ》なことはしたくないからふだんに苦しんで勉強してるんだ、きみらはなまけて楽をして試験をパスしようというんだ、その方が利口かも知らんがぼくにはできないよ」
「きみは後悔《こうかい》するよ、生蕃はなにをするか知れないからね」
光一は答えなかった。光一の席の後ろは生蕃である、光一が教室にはいったとき、生蕃は青い顔をしてだまっていた。
幾何学《きかがく》の題は至極《しごく》平易なのであった、光一はすらすらと解説を書いた、かれは立って先生の卓上《たくじょう》に答案をのせ机《つくえ》と机のあいだを通って扉口《ドアぐち》へ歩いたとき、血眼《ちまなこ》になってカンニングの応援を待っているいくつかの顔を見た。阪井は頭をまっすぐに立てたまま動きもしなかった。手塚は狡猾《こうかつ》な目をしきりに働かせて先生の顔を、ちらちらと見やっては隣席の人の手元をのぞいていた。
「気の毒だなあ」
光一の胸に憐愍《れんびん》の情が一ぱいになった。かれは自分の解説
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