》紆曲《うきょく》して障子の色まっ白に、そこらからピアノの音が栄華をほこるかのごとく流れてくる。
「ああその家はぼくの父の家だったのだ」
 チビ公は暗然としておけを路傍《ろぼう》におろして腕をくんだ。
「お父さんは政党のためにこの家までなくしてしまったのだ。お父さんはずいぶん人の世話もし、この町のためになることをしたのだが、いまではだれひとりそれをいう者がない。その子のぼくは豆腐を売って……それでもご飯を食べることができない」
 チビ公は急になきたくなった、かれは自分が生まれたときには、この邸《やしき》の中を女中や乳母《うば》にだかれて子守り歌を聞きながら眠ったことだろうと想像した。
「つまらないな」とかれは歎息《たんそく》した。「いくら働いてもご飯が食べられないのだ、働かない方がいい、死んでしまうほうがいい、ぼくなぞは生きてる資格がないのだ、路傍のかえるのように人にふまれてへたばってしまうのだ」
 暗い憂欝《ゆううつ》はかれの心を閉《と》ざした。かれは自分の影法師がいかにも哀《あわ》れに細長く垣根に屈折しているのを見ながらため息をはいた。
「影法師までなんだか見すぼらしいや」
 ピア
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