いう文字は天下国家の大事な場合にのみ用うべしだ」
「ですが先生、ぼくは……」
「敵に声をかけられておめおめ逃げるという卑怯者《ひきょうもの》は浦中にあるかも知らんが、黙々塾《もくもくじゅく》にはひとりもないぞ」
「じゃ簡単にご用向きをうかがいましょう」と光一は中腹《ちゅうっぱら》になっていった。
「よしッ、じゃきみにきくがきみは水を飲むか」
「飲みます」
「一日|何升《なんじょう》の水を飲むか」
「そんなに飲みません」
「いかん、人間は毎日二升の水を飲むべしだ、顔回《がんかい》は一|瓢《ぴょう》の飲といったが、あれは三升入りのふくべだ、聖人は」
「さようなら」
 光一はたまらなくなって逃げだした。
「ばかにしてやがる、塾長《じゅくちょう》があんな風だから弟子共までろくなものがない、あん畜生! チビのやつ、どこへいったろう」
 光一は赫々《かっかく》と燃え立つ怒りにかられながら血眼になって千三を探しまわった、かれは大抵《たいてい》千三が散歩する道を知っていたので調神社《つきのみやじんじゃ》の方へ走った。かれは夢中に並み木と並み木の間をのぞいたりお宮をぐるぐるまわったりした。と、かれはふと
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