「刃物《はもの》をもって……卑劣なやつ」
 巌の憤怒《ふんぬ》は絶頂に達した、およそ学生の喧嘩は双方木剣をもって戦うことを第一とし、格闘を第二とする、刀刃《とうじん》や銃器をもってすることは下劣《げれつ》であり醜悪《しゅうあく》であり、学生としてよわいするにたらざることとしている、これ古来学生の武士道すなわち学生道である。
「殺されてもかまわん」と生蕃《せいばん》は決心した。かれの赤銅色の顔の皮膚《ひふ》は緊張《きんちょう》してその厚いくちびるは朱《しゅ》のごとく赤くなった。
「さあ、こい」
 木俣は再度の失敗にもう気が顛倒《てんとう》してきた。かれはいまここで生蕃を殺さなければふたたび世人に顔向けがならないと思った。かれは波濤《はとう》にたてがみをふるうししのごとくまっしぐらに突進した、小刀は人々の目を射た、敵も味方も恐怖に打たれて何人《なんぴと》もとめようともせずに両人の命がけの勝負を見ていた。
 生蕃は右にかわし左にかわしてたくみに敵の手をくぐりぬけ、敵の足元のみだれるのを待っていた、だが木俣は心にあせりながらもからだにみだれはなかった、かれは縦横に生蕃を追いつめた。そこは学校
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