うむ、いいことをいった、わすれるなよ」と木俣はいった。このときおそろしい犬の格闘《かくとう》が始まった。
犬はもう憤怒《ふんぬ》に熱狂した、いましも赤はその扁平《へんぺい》な鼻を地上にたれておおかみのごとき両耳をきっと立てた、かれの醜悪《しゅうあく》なる面はますます獰猛《どうもう》を加えてその前肢《まえあし》を低くしりを高く、背中にらんらんたる力こぶを隆起してじりじりとつめよる。
鹿毛《しかげ》はその広い胸をぐっとひきしめて耳を後方へぴたりとさか立てた。かれは尋常ならぬ敵と見てまず前足をつっぱり、あと足を低くしてあごを前方につき出した。かれは赤が第一に耳をめがけてくることを知っていた、でかれはもし敵がとんできたら前足で一撃を食わしよろめくところを喉《のど》にかみつこうと考えた。四つの目は黄金色《こがねいろ》に輝いて歯は雪のごとく白く、赤と鹿毛の毛波はきらきらと輝いた。八つの足はたがいに大地にしっかりとくいこみ双方の尾は棒のごとく屹立《きつりつ》した。尾は犬の聯隊旗である。
「やっしいやっしい」
人間どもの叫喚《きょうかん》は刻一刻に熱した、二つの犬は隙《すき》を見あって一合二合三
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