た。
「ああ柳さん」
「どこへゆく?」
光一はチビ公が豆腐おけもかつがないのをふしぎに思った。
「ぼくのおじさんを見ませんか」と千三はうろうろしていった。
「いや、見ない」
「ああそうですか、今朝《けさ》から家をでたきりですからな、また阪井の家へどなりこみにいったのではないかと思ってね」
千三はなきだしそうな顔をしていた。
「心配だろうね、ぼくも一緒《いっしょ》にさがしてあげよう」
五
チビ公と光一は裏門通りから清水屋横町へでた。そこでチビ公は知り合いの八百屋《やおや》にきいた。
「家の伯父さんを見ませんか」
「ああ見たよ」と八百屋がいった。
「さっきね丸太《まるた》ん棒《ぼう》のようなものを持ってね、ここを通ったから声をかけるとね、おれは大どろぼうを打ち殺しにゆくんだといってたっけ」
「どこへいったでしょう」
「さあ、停車場の方へいったようだ」
「酔ってましたか」
「ちとばかし酒臭かったようだったが、なあチビ公早くゆかないと、とんだことになるかもしれないよ」
「ありがとう」
チビ公はもう胸が一ぱいになった、ようやく監獄《かんごく》からでてきたものがまたしても阪井に手荒なことをしては伯父さんの身体《からだ》はここにほろぶるよりほかはない、どんなにしても伯父さんをさがしだし家へつれて帰らねばならぬ。
ふたりは足を早めた。停車場へゆくと伯父さんの姿が見えない、チビ公は巡査にきいた。
「ああきたよ」
「何分ばかり前ですか」
「さあ三十分ばかり前かね」
「どっちの方へゆきましたか」
「さあ」と巡査は首をかしげて、「常盤町通《ときわちょうどお》りをまっすぐにいったように思うが……」
ふたりは大通りへ道を取った。
「どうしてこういやなことばかりあるんだろうね」と光一はいった。
「ぼくが思うに、この世の中にひとり悪いやつがあると世の中全体が悪くなるんです」とチビ公はいった。
「だがきみ、社会が正しいものであるなら、ひとりやふたりぐらい悪いやつがあってもそれを撃退する力があるべきはずだ」
「それはそうだが、しかし悪いやつの方が正しい人よりも知恵がありますからね、つまり君の学校の校長さんより阪井の方が知恵があります、どうしても悪いやつにはかないません」
「そんなことはない」と光一は顔をまっかにして叫んだ。「もしこの世に正義がなかったらぼくらは一日だっ
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