て生きていられないのだ、ぼくは悪いやつと戦わなきゃならない、この世の悪漢をことごとく撃退して正義の国にしようと思えばこそぼくらは学問をするんじゃないか」
「それはそうだが、しかし強いやつにはかないません、正義正義といったところで、ぼくの伯父は監獄《かんごく》へやられる、阪井は助役でいばってる、それはどうともならないじゃありませんか」
ふたりは警察署の前へきた、いましも七、八人の人々がひとりの男を引き立てて門内へはいるところであった。チビ公は電気に感じたようにおどりあがって人々の後を追うた。とまたすぐもどってきた。
「伯父さんかと思ったらそうでなかった」
かれは安心したもののごとく眼を輝かした、そうしてこういった。
「喧嘩して人をきったんですって、それはいいことではないが、ぼくはああいう人を見ると、なんだか、その人の方が正しいような気がしてなりません、時によるとぼくもね、ぼくがもし身体《からだ》がこんなにチビでなかったら、もう少し腕に力があったら、悪いやつを片っ端から斬《き》ってやりたいと思うことがあります、身体が小さくて貧乏で、弱い母親とふたりで伯父さんの厄介《やっかい》になっているんでは、いいたいことがあってもいえない、いっそぼくの頭がガムシャラで乱暴で阪井のように善と悪との差別がないならぼくはもう少し幸福かもしらないけれども、学校で先生に教わったことをわすれないし、道にはずれたことをしたくないために、人に踏《ふ》まれてもけられてもがまんする気になります、そんなことでは損です、世の中に生きていられません、そう思いながらやはり悪いことはしたくないしね」
チビ公は涙ぐんで歎息した、光一はなにもいうことができなくなった。かれはいままで正義はかならず邪悪に勝つものと信じていた。それが今日《きょう》もっとも尊敬する久保井校長が阪井のためにおいはらわれたのを見て、正義に対する疑惑が青天に群がる白雲のごとくわきだしたところであった。かれはいまチビ公の嗟歎《さたん》を聞き、覚平の薄幸《はっこう》を思うとこの世ははたしてそんなにけがらわしきものであるかと考えずにいられなかった。
ふたりはだまって歩きつづけた。と米屋の横合いから突然声をかけたものがある。
「柳君!」
それは手塚であった。このごろ手塚は裏切り者として何人《なんぴと》にもきらわれた、でかれは光一にもたれるより策
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