はすきずきだよ、他人の趣味に干渉《かんしょう》してもらいたくないね」
「いやそうじゃない、ぼくはきみと小学校からの友であり同じく野球部員である以上は、きみの堕落《だらく》を見すごすことはできない、ねえ手塚、きみは活動が好きだから見てもさしつかえないというが、好きだからって毒を食べたら死んでしまう、活動はもっとも低級で俗悪で下劣な趣味だ、下劣な趣味にふけると人格が下劣になる、ぼくはそれをいうのだ」
「活動は決して下劣じゃない」と手塚はいった、かれは光一のいったことが充分《じゅうぶん》にわからないのである。
「じゃきみは活動のどういう点がすきか」
「近藤勇《こんどういさみ》は義侠の志士じゃないか」
「そこだ、きみは近藤勇を十分に知りたければ維新の史料を読みたまえ、愚劣な作を愚劣な役者が扮《ふん》した近藤勇を見るよりも、専門家が調べた歴史を読み、しずかに考える方がどれだけ面白いか知れない、活動の小屋は豚小屋のようだ、はきだめのようだ。あんな悪い空気を呼吸するよりも山や野やただしは君の清浄な書斎で本を読むほうがどれだけいいか知れない、活動なんていやしいものを見ずに、もっとりっぱな趣味を楽しむことはできないのか、高尚《こうしょう》で健全で男性的な趣味はほかにいくらでもある、趣味が劣等だと人格も劣等になる、きみはそれを考えないのか」
「ぼくは劣等だとは思わない」と手塚はくりかえした、光一はどうしても高尚な意義を理解することができない手塚の低級にあきれてじっと顔を見つめた。歴史を読み聖賢や英雄の伝記を読み、山に野に遊び、野球を練習する。それだけでも活動よりはるかに面白かるべきはずなのに、どうして見る見るはきだめの中におちていくんだろう。
「気の毒だ、かわいそうだ」
 光一は胸一ぱいになった。
「じゃ活動のことはそれでよしにしよう、第二にきみは飲食店へ出入りするそうだね」
「ああ、それがいけないのか、だれだって飲んだり食ったりするだろう」
「手塚君、ぼくだって人が洋食を食えば食いたくなる、そば屋へはいることもある、だがね、学生はどこまでも純潔でなければならないのだ、飲食店は大抵《たいてい》大人《おとな》にけがされている、不潔な女が出入りする、学生はそういう……少しでも不潔な場所へいってはいけないのだ、身体《からだ》がけがれるからだ、いいか、りっぱな玉はきりの箱に入れてしまっておくだ
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