えな、気をつけやがれ」とろばはいった。
「失敬」
 光一はあやまった、ろばは中学を二度ほど落第して退学してから、ぶらぶら家に遊んでは手塚とともにどこへでもいく男である。
「手塚君、ぼくはちょっときみに話したいことがあるんだが外へでてくれんか」と光一はいった。
「いやだ」と手塚はいった。
「ちょっとでいいんだよ」
「いやだというものを無理にひっぱりださなくたっていいだろう」とろばがいった。
「大事なことだからさ、でないときみの身体《からだ》が危ないんだ」
「いやにおどかしやがるね、どうしようてんだ、手塚をなぐろうてのか、面白いなぐってもらおう」
 ろばはほえた。
「おまえはだまってろ」と光一はきっといった。「おまえに用があるんじゃない、手塚に用があるんだ」
「なにを?」
「喧嘩か、喧嘩するなら外へでてやろう、ぼくが手塚と話をすますまで待て」
 光一はこういってじっとろばの顔をのぞいた、ろばはだまった、そうして隣席の女の子がかじりかけたりんごを取ってがぶりとかじった。
 手塚は光一の権幕《けんまく》におそれてしぶしぶ席を立った。ふたりは外へでた。と向こうのくだもの屋の前で彰義隊《しょうぎたい》がひとりの学生と話をしていた。光一はハッと思った。
「手塚隠れろ、荷車の横を歩いていこう」
 ふたりは彰義隊に見つからぬように群衆にまぎれて材木屋の前へ出た。
「なんの用だ」と手塚は不平そうにいった。
「きみは制裁を受けなきゃならなくなったんだ、その前にぼくは一応きみに忠告する、ぼくの忠告をきいてくれたらぼくは生命《いのち》にかえてもきみを保護しようし、また学校でもきみをゆるすことになっている」
「ゆるされなくてもいいよ、ぼくはなんにも悪いことをしない」
「それがいけないよ、なあ手塚、人はだれでも過失があるんだ、それを改めればそれでいい」
「ぼくに改めるべき点があるのか」
「あるよ、手塚、学校ではね、このごろ不良少年があるといってしきりにさがしてるんだ、その候補者としてきみが数えられている」
「ぼくが不良?」
「きみはよく考えて見たまえ」
「ぼくは考える必要がない」
「じゃ君、活動へいくのは?」
「活動へいくのが不良なら、天下の人はみな不良だ」
「そうじゃない、きみはなんのために活動へいくのだ」
「面白いからさ」
「面白いかね、あんな不純なもの、あんな醜悪なものが面白いかね」
「人
前へ 次へ
全142ページ中114ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 紅緑 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング