ろう、学生はけがれのない玉だ、それをきみはどぶどろの中に飛びこんでるのだ、きみは家にいれば洋食でもなんでも食える身分じゃないか、なぜ食べたければ家で食べないのだ、学校でやかましくいうのも形式ではない、そんなくさった趣味を喜ぶようにならないようにするためだ、きみのことばかりをいうのじゃないよ、ぼくだっておりおり大人のまねをしたいと思うことがある、だがそれはいやしいことだと思いかえすだけだ」
「いやだ、ぼくはぼくの銭でぼくの好きなところへゆくのに学校がなにも干渉《かんしょう》するにはあたらないじゃないか」
「手塚君、きみはどうしてもぼくの忠告をきいてくれないのか」
「いやだ、ぼくに悪いことがないんだ」
「それではきみ」と光一は憤然として目をみはった。「ぼくはきみを侮辱したくないからこれだけいって後はきみの反省にゆずるつもりでいたのだ。が、きみがあくまでもがんばるならぼくはいわなきゃならん」
「なんでもいうがいい」
「きみの心は潔白か」
「無論だ」
「良心に対してやましくないか」
「やましくない」
「きみは不良少女と遊んでるね、いまきみの隣にいてりんごをかじっていた女の子はなんだ」
「あれは……」と手塚はどもった。
「あれはどろぼうして二、三度警察へあげられた子じゃないか」
「あれは……ろばの友達だよ」
「ろばはきみの親友だろう」
 手塚はだまった。春の日は暮れかけて軒《のき》なみに灯《ひ》がともりだした、積みあげた材木にかんなくずがつまだちをして風にふかれゆくとはるかに豆腐屋のらっぱがあわれに聞こえる。光一は手塚の肩に寄り添うてその手をしっかりとにぎった。
「手塚! いま聞こえるらっぱはだれだか知ってるだろう、青木だ、青木は学校へ行きたくても銭がない、小学校にいたときはかれはいつも一番か二番であった、きみやぼくよりも頭がいいのだ、学問をしたらぼく等よりはるかにりっぱになる人間だ、それでも家が貧乏で父親がないために、毎日毎日らっぱをふいて豆腐を売り歩いている、きみやぼくは両親のおかげで何不自由なくぜいたくに学問しているが、青木は一銭二銭の銭をもうけるにもなかなか容易でない、きみが活動を見にいく銭だけで青木は本を買ったり月謝を払ったり、着物も買うのだ、きみの一日の小遣《こづか》いは青木の一ヵ月働いた分よりも多い、そんなにぜいたくしてもきみやぼくはありがたいと思わない、あんな
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