なれ強くなれ、人よりえらくなれと教えました、ぼくはどんなことをしても人よりえらくなろうと思いました、それでぼくはえらくなるためには悪い手段でもかまわないと信じていました、ぼくは小刀やピストルをふりまわして友達をおびやかしました。柔道や剣道で腕《うで》をきたえて、片っ端から人をなぐりました。豆腐屋や八百屋のものをぶんどりました、みながぼくをおそれました、ぼくは自分でえらいものだと思いました、それから学校でカンニングをやって試験をのがれました、手段が不正でもえらくなりさえすればいいと思ったからです、それはお父さんがぼくに教えたのです、お父さんは天下国家のためだから悪いことをしてもかまわない、同志会のためなら恩人を懲役《ちょうえき》にしてもかまわないと思っていらっしゃる、あなたもぼくも同じです、それがいまぼくにはっきりわかりました、腕力で人を征服するよりも心のうちから尊敬されるのが本当にえらい人です、カンニングで試験をパスするよりかむしろ落第する方がりっぱです、人に罪《つみ》を着せて自分がえらそうな顔をしてることは、一番はずべきことではないでしょうか、ぼくはおさないからお父さんは浦和中で一番えらい人だとそれをじまんにしていました、だが今になって考えるとぼくは浦和中で一番劣等なお父さんをもっていたのでした、ねえお父さん……」
「きさまはきさまはきさまは」と猛太はまっかになってそれをはらった。
「ばかやろう! 親不孝者! 大行《たいこう》は細謹《さいきん》をかえりみずということわざを知らんか、阪井猛太は天下の志士だぞ、ばかッ」
父はさっさとでていった。
「お父さん!」
巌は寝台の縁に片手をかけ、幽霊《ゆうれい》のごとくはいだして父のあとを追わんとしたが、火傷《やけど》の痛みに中心を失って思わず寝台の下にドウと落ちた。
「お父さん待って……」
かれは痛みをこらえて起きあがろうとしたが繃帯《ほうたい》にひかれて右の方へ倒れた。
「待ってください……お父さん!」
ふたたび起きあがるとまた左の方へ倒れる。
「おとう……とう……と、と、と……」
声は次第に弱った、涙は泉のごとくわいた、そうして片息になって寝台に手をかけた、もう這《は》いあがる力もない。
病院の外で子供等がうたう声が聞こえる。
「夕やけこやけ、あした天気になあれ」
六
小原捕手《こはら
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