めに募《つの》り行きて、悔《く》ゆとも及ばざる事ともならん。死するも診察は受けじとて、堅く心に決しければ、人々には少しも気分に障《さは》りなき旨《むね》を答へ、胸の苦痛を忍び/\て、只管《ひたすら》母上の全快を祈る程に、追々《おひ/\》薄紙《はくし》を剥《は》ぐが如くに癒《い》え行きて、はては、床《とこ》の上に起き上られ、妾《せふ》の月琴《げつきん》と兄上の八雲琴《やくもごと》に和して、健やかに今様《いまやう》を歌ひ出で給ふ。
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春のなかばに病み臥《ふ》して、花の盛りもしら雲の、消ゆるに近かき老《おい》の身を、うからやからのあつまりて、日々にみとりし甲斐《かひ》ありて、病《やまひ》はいつか怠《おこた》りぬ、実《げ》に子宝の尊きは、医薬の効にも優《まさ》るらん、
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滞在一週間ばかりにて、母上の病気全く癒《い》えければ、児《じ》を見たき心の矢竹《やたけ》にはやり来て、今は思ひ止《とま》るべくもあらねば、吾れにもあらず、能《よ》き程の口実を設けて帰京の旨《むね》を告げ、且つ妾《せふ》も思ふ仔細《しさい》あれば、遠からず父上母上を迎へ取り、膝下《
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