も返事をなさざりしに、終《つい》には挙動にまで、その思いの表われて、如何《いか》にも怪《あや》しう思わるるに、かくまでの心入れを、如何《いか》でこのままにやはあるべきと、聊《いささ》か慰藉《いしゃ》の文を草して答えけるに、爾来《じらい》両人の間の応答いよいよ繁く、果ては妾をして葉石に懲《こ》りし男心をさえ打ち忘れしめたるも浅まし。これぞ実《げ》に妾が半生を不幸不運の淵《ふち》に沈めたる導火線なりけると、今より思えばただ恐ろしく口惜しかれど、その当時は素《もと》よりかかる成行《なりゆ》きを予知すべくもあらず、一向《ひたぶる》に名声|赫々《かくかく》の豪傑を良人《おっと》に持ちし思いにて、その以後は毎日公判廷に出《い》づるを楽しみ、かの人を待ち焦《こが》れしぞかつは怪しき。かくて妾は宛然《さながら》甘酒に酔いたる如くに興奮し、結ばれがちの精神も引き立ちて、互いに尊敬の念も起り、時には氤※[#「气<慍のつくり」、第3水準1−86−48]《いんうん》たる口気《こうき》に接して自《おの》ずから野鄙《やひ》の情も失《う》せ、心ざま俄《にわか》に高く品性も勝《すぐ》れたるよう覚えつつ、公判も楽しき夢
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