立たしくて、今もなお忘れがたき記念の一つぞこれなる。
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   第五 既決監


 一 監房清潔

 中の島未決監獄にある事一年有余にして、堀川監獄の既決監に移されぬ。なお未決ながら公判開廷の期の近づきしままに、護送の便宜上|客分《きゃくぶん》としてかくは取り斗《はか》らわれしなりけり。退《の》っ引《ぴ》きならぬ彼女との別離は来りぬ、事件の進行して罪否いずれにか決する時の近づきしをば、切《せ》めてもの心やりにして。堀川にてはある一室の全部を開放して、妾《しょう》を待てり。中の島未決監よりは、監房また更《さら》に清潔にして、部屋というも恥かしからぬほどなり、ここに移れる妾は、ようよう娑婆《しゃば》に近づきたらん心地《ここち》もしつ。此処《ここ》にても親しき友は間もなく妾の前に現われぬ、彼らは若き永年囚なりけり。いずれも妾の歓心を得べく、夜ごとに妾の足を撫《な》でさすり、また肩など揉《も》みて及ぶ限りの親切を尽しぬ。妾は親の膝下《しっか》にありて厳重なる教育を受けし事とて、かかる親しみと愛とを以て遇せらるるごとに、親よりもなお懐《なつ》かしとの念を禁ぜざるなりき。

 二 お
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