将とのみ思いなせりしに、図《はか》らずも妾の顔の顕《あら》われしを見ては、如何《いか》で慌《あわ》てふためかざらん。されど妾は先日の如き殺風景を繰り返すを好まず、かえって彼に同情を寄せ、ともかくもなだめ賺《すか》して新井、葉石に面会せしむるには如《し》かずとて、種々《いろいろ》と言辞《ことば》を設け、ようよう魔室より誘《さそ》い出して腕車《くるま》に載《の》せ、共に葉石の寓居に向かいしに、途中にて同志の家を尋《たず》ね、その人をも伴《ともな》わんという。詐《いつわ》りとは思いも寄らねば、その心に任せけるに、さても世には卑怯《ひきょう》の男もあるものかな、彼はそのまま奔竄《ほんざん》して、遂《つい》に行衛《ゆくえ》を晦《くら》ましたり。彼が持ち逃げせる金の内には大功《たいこう》は細瑾《さいきん》を顧みずちょう豪語を楯《たて》となせる神奈川県の志士が、郡役所の徴税を掠《かす》めんとして失敗し、更に財産家に押し入りて大義のためにその良心を欺《あざむ》きつつ、強《し》いて工面《くめん》せる金も混じりしぞや。しかるに彼はこの志士が血の涙の金を私費《しひ》して淫楽《いんらく》に耽《ふけ》り、公道正
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