犠牲たらんと欲せしや、他《た》なし、啻《ただ》愛国の一心あるのみ。しかれども、悲しいかな、中途にして発露し、儂が本意を達する能《あた》わず。空《むな》しく獄裏《ごくり》に呻吟《しんぎん》するの不幸に遭遇し、国の安危を余所《よそ》に見る悲しさを、儂|固《もと》より愛国の丹心《たんしん》万死を軽《かろ》んず、永く牢獄にあるも、敢えて怨《うら》むの意なしといえども、啻《ただ》国恩に報酬《ほうしゅう》する能わずして、過ぐるに忍びざるをや。ああこれを思い、彼を想うて、転《うた》た潸然《さんぜん》たるのみ。ああいずれの日か儂《のう》が素志を達するを得ん、ただ儂これを怨むのみ、これを悲しむのみ、ああ。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から5字上げ]明治十八年十二月十九日大阪警察本署において
[#地から2字上げ]大阪府警部補 広沢鉄郎《ひろさわてつろう》 印
かく冗長《じょうちょう》なる述懐書を獄吏《ごくり》に呈して、廻らぬ筆に仕《し》たり顔したりける当時の振舞のはしたなさよ。理性なくして一片の感情に奔《はし》る青春の人々は、くれぐれも妾《しょう》に観《み》て、警《いまし》むる所あれかし、と願うも
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