その日はそのまま引き取りたり。妾は寝耳に水の感にて、何か今明日《こんみょうにち》に喜ばしき御沙汰《ごさた》あるに相違なし、とにかくその用意をなし置かんと、髪を梳《くしけず》り置きしに、果して夕刻書物など持ちて典獄の処に出《い》で来るようにと看守の命あり。さてこそと天にも昇る心地《ここち》にて、控所に伴われ行きしに、典獄署長ら居並《いなら》びて、謹《つつし》んで大赦文《たいしゃぶん》を読み聞かされたり。なお典獄は威儀|厳《おごそ》かに、御身《おんみ》の罪は大赦令によりて全く消除せられたれば、今日より自由の身たるべし。今後は益※[#二の字点、1−2−22]国家のために励《はげ》まれよとの訓言あり。聞くや否や奇怪の感はふと妾の胸に浮び出でぬ。昨日までも今日までも、国賊として使役《しえき》せられたる身の、一時間内に忠君愛国の人となりて、大赦令の恩典に浴せんとは、さても不思議の有様かな、人生|幻《まぼろし》の如しとは、そもや誰《た》がいいそめけんと一時《いちじ》はただ茫然《ぼうぜん》たりしが、小塚氏の厚き注意にて、衣類も新調せられたるを着換え、同志六名と共に三重県監獄の表門より、ふり返りがちに旅
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