にも青木女監取締りの如きは妾の倦労《けんろう》を気遣いて毎度菓子を紙に包みて持ち来り、妾の独《ひと》り読書に耽《ふけ》るをいと羨《うらや》ましげに見惚《みと》れ居たりき。されば妾もこの人をば母とも思いて万事|隔《へだ》てなく交わりければ、出獄の後《のち》も忘るる能《あた》わず、同女が藤堂《とうどう》伯爵邸《はくしゃくてい》の老女となりて、東京に来りし時、妾は直ちに訪れて旧時を語り合い、何とか報恩の道もがなと、千々《ちぢ》に心を砕《くだ》きし後《のち》、同女の次女を養い取りて聊《いささ》か学芸を授《さず》けやりぬ。

 四 少女

 妾《しょう》の在監中、十六歳と十八歳の二少女ありけり、年下なるはお花、年上なるはお菊《きく》と呼べり。この二人《ににん》を特《こと》に典獄より預けられて、読み書き算盤《そろばん》の技は更なり、人の道ということをも、説き聞かせて、及ぶ限りの世話をなすほどに、頓《やが》て両女がここに来れる仔細《しさい》を知りぬ。お花は心の様《さま》さして悪しからず、ただ貧しき家に生れて、一年《ひととせ》村の祭礼の折とかや、兄弟多くして晴衣《はれぎ》の用意なく、遊び友達の良き着物着るを見るにつけても、わが纏《まと》える襤褸《つづれ》の恨《うら》めしく、少女心《おとめごころ》の浅墓《あさはか》にも、近所の家に掛《か》けありし着物を盗みたるなりとぞ。またお菊は幼少の時|孤児《みなしご》となり叔父《おじ》の家に養われたりしが、生れ付きか、あるいは虐遇せられし結果にや、しばしば邪《よこしま》の径《みち》に走りて、既に七回も監獄に来り、出獄の日ただ一日を青天の下《もと》に暮せし事もありしよし。打ち見たる処、両女とも、十人|並《なみ》の容貌を具えたるにいとど可憫《ふびん》[#「可憫《ふびん》」はママ]の加わりて、如何《いか》で無事出獄の日には、わが郷里の家に養い取りて、一身《いっしん》の方向を授けやらばやと、両女を左右に置きて、同じく読書習字を教え、露些《つゆいささ》かも偏頗《へんぱ》なく扱いやりしに、両女もいつか妾に懐《なつ》きて、互いに競うて妾を劬《いた》わり、あるいは肩を揉《も》み脚を按《さす》り、あるいは妾の嗜《たしな》む物をば、己《おの》れの欲を節して妾に侑《すす》むるなど、いじらしきほどの親切に、かかる美徳を備えながら、何故《なにゆえ》盗みの罪は犯したりしぞと
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