いてはもはや目的なしとて、両人は地方を遊説なすとて出で行けり。暫《しばら》くして、大井は中途にして帰京し、小林|独《ひと》り止《とど》まりしが、漸《ようや》くその尽力により、金額|成就《じょうじゅ》せしを以て、いよいよ磯山《いそやま》らは渡行の事に決定し、その発足前《ほつそくぜん》に当り、磯山|儂《のう》に告ぐに、朝鮮に同行せん事を以てす。因って儂は、その必用のある処を問う。磯山告ぐるに、彼是間《ひしかん》の通信者に、最も必用なるを答う。儂熟慮これを諾《だく》す。もっとも儂は、曩日《さき》に東京を出立《しゅったつ》するの時、やはり、磯山の依頼により、火薬を運搬するの約ありて、長崎まで至るの都合なりしが、その義務終りなば、帰京して、第二の策、即ち内地にて、相当の運動をなさんと希図《きと》したりしが、当地(大阪)にてまた朝鮮へ通信のため同行せんとの事に、小林もこれに同意したれば、即ち渡航に決心せり。しかるに、磯山は、弥※[#二の字点、1−2−22]《いよいよ》出立というその前日|逃奔《とうほん》し、更にその潜所《せんしょ》を知る能《あた》わず。故《ゆえ》を以て已《や》むなく新井《あらい》代りてその任に当り、行く事に決せしかば、彼もまた同じく、儂《のう》に同行せん事を以てす。儂既に決心せし時なれば、直ちにこれを諾し、大井、小林と分袂《ぶんべい》し、新井と共に渡航の途《と》に就き、崎陽《きよう》に至り、仁川行《じんせんこう》の出帆《しゅっぱん》を待ち合わせ居たり。しかる所滞留中、磯山逃奔一件に就き、新井代るに及び、壮士間に紛紜《ふんぬん》を生じ、渡航を拒《こば》むの壮士もある様子ゆえ、儂は憂慮に堪えず、彼らに向かい、間接に公私の区別を説きしも、悲しいかな、公私を顧みるの慮《おもんばか》りなく、許容せざるを以て、儂は大いに奮激する所あり、いまだ同志の人に語らざるも、断然決死の覚悟をなしたりけり。その際|儂《のう》は新井に向かいいうよう、儂この地に到着するや否や壮士の心中を窺《うかが》うに、堂々たる男子にして、私情を挟《さしはさ》み、公事を抛《なげう》たんとするの意あり、しかして君《きみ》の代任《だいにん》を忌《い》むの風《ふう》あり、誠に邦家《ほうか》のために歎《たん》ずべき次第なり。しかれども、これらの壮士は、かえって内地に止《とど》まる方《かた》好手段ならんといいしに、新
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