訣《わか》るることあるも、独立の生計を営みて、毅然《きぜん》その操節を清《きよ》うするもの、その平生《へいぜい》涵養《かんよう》停蓄《ていちく》する所の智識と精神とに因《よ》るべきは勿論《もちろん》なれども、妾らを以てこれを考うれば、むしろ飢寒《きかん》困窮《こんきゅう》のその身を襲《おそ》うなく、艱難辛苦《かんなんしんく》のその心を痛むるなく、泰然《たいぜん》としてその境に安んずることを得るがためならずんばあらざるなり。
しかりといえども女子に適切なる職業に至りてはその数極めて少なし、やや望みを嘱《しょく》すべきものは絹手巾《きぬはんけち》の刺繍《ししゅう》これなり。絹手巾はその輸出かつて隆盛を極め、その年額百万|打《ダース》その原価ほとんど三百余万円に上《のぼ》り我が国産中実に重要の地位を占めたる者なりき。しかるにその後《のち》の趨勢《すうせい》は頓《とみ》に一変して貿易市場における信用全く地に落ち、輸出高|益※[#二の字点、1−2−22]《ますます》減退するの悲況を呈するに至れり。これ固《も》と種々なる原因の存するものなるべしといえども、製作品の不斉一《ふせいいつ》なると、品質の粗悪なるとは、けだしその主なるものなるべきなり。しかしてその不斉一その粗悪なるは、その製出者と営業者とに徳義心を欠くが故なりというも可《か》なり、鑑《かんが》みざるべけんや。
そもそも文明の進み分業の行わるるに従い、機械的|大仕掛《おおじかけ》の製造盛んに行われ、低廉《ていれん》なる価格を以て、能《よ》く人々の要に応じ得べきに至るといえども、元来機械製造のものたる、千篇一律《せんぺんいちりつ》風致《ふうち》なく神韻《しんいん》を欠くを以て、単《ひとえ》に実用に供するに止《とど》まり、美術品として愛翫《あいがん》措《お》く能《あた》わざらしむる事なし。しかるに経済社会の進捗《しんちょく》し富財《ふざい》の饒多《じょうた》となるに従って、昨日の贅沢品《ぜいたくひん》も今日《こんにち》は実用品と化し去り、贅沢品として愛翫せらるるものは、勢い手工《しゅこう》の妙技を逞《たくま》しうせる天真爛漫《てんしんらんまん》たるものに外《ほか》ならざるに至るなり、故を以て衣食住の程度低き我が国において、我が国産たる絹布を用い、これに加うるに手工|細技《さいぎ》に天稟《てんりん》の妙を有する我が国女工を以て
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