さうじ》も面倒也《めんどうなり》、お茶拵《ちやごしら》へも面倒也《めんどうなり》内職婦人《ないしよくふじん》の時を惜《おし》むこと、金を惜《おし》むよりも甚《はなはだ》しく候《そろ》。煮染《にしめ》の行商《ぎやうせふ》はこれが為《ため》に起《おこ》りて、中々《なか/\》の繁昌《はんじやう》と聞き及《およ》び申候《まうしそろ》文明的《ぶんめいてき》に候《そろ》(二十日)
○
自分《じぶん》が内職《ないしよく》の金《かね》で嫁入衣裳《よめいりいしよう》を調《とゝの》へた娘《むすめ》が間《ま》もなく実家《さと》へ還《かへ》つて来《き》たのを何故《なぜ》かと聞《き》くと先方《さき》の姑《しうと》が内職《ないしよく》をさせないからとの事《こと》ださうだ(二十日)
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底あり蓋《ふた》ありで親も咎《とが》めず、夫《をつと》も咎めぬものをアカの他人《たにん》が咎《とが》めても、ハイ、止《よ》しませうと出る筈《はず》のない事だが僕《ぼく》とても内職《ないしよく》其《その》ものを直々《ぢき/″\》に不可《わる》いといふのではない、つまらなく手を明《あ》けない為《た》めに始めた内職《ないしよく》が内職《ないしよく》の為《ため》につまらなく手を塞《ふさ》げない事になつて何《な》にも彼《か》にも免《まぬか》れぬ弊風《へいふう》といふのが時世《ときよ》なりけりで今では極点《きよくてん》に達《たつ》したのだ髪《かみ》だけは曰《いは》く有《あ》つて奇麗《きれい》にする年紀《としごろ》の娘がせつせと内職《ないしよく》に夜《よ》の目も合はさぬ時は算筆《さんぴつ》なり裁縫《さいほう》なり第一は起居《たちゐ》なりに習熟《しうじよく》すべき時は五十|仕上《しあ》げた、一|百《そく》仕方《しあ》げたに教育せられ薫陶《くんとう》せられた中から良妻賢母《れうさいけんぼ》も大袈裟《おほげさ》だが並《なみ》一人前の日本《にほん》婦人が出て来る訳《わけ》なら芥箱《ごみばこ》の玉子の殻《から》もオヤ/\鶏《とり》に化《くわ》さねばならない、さうなれば僕も山の芋《いも》を二三日《にさんにち》埋《い》けて置《お》いて竹葉《ちくえう》神田川《かんだがは》へ却売《おろしう》りをする。内職《ないしよく》ではない本業《ほんげふ》だ。(二十日)
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縁附《えんづ》きてより巳《すで》に半年《はんとし
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