いっせき》と呑《の》むが願いの同伴の男は七つのものを八つまでは灘《なだ》へうちこむ五斗兵衛《ごとべえ》が末胤《まついん》酔えば三郎づれが鉄砲の音ぐらいにはびくりともせぬ強者《つわもの》そのお相伴の御免|蒙《こうぶ》りたいは万々なれどどうぞ御近日とありふれたる送り詞を、契約に片務あり果たさざるを得ずと思い出したる俊雄は早や友仙《ゆうぜん》の袖《そで》や袂《たもと》が眼前《めさき》に隠顕《ちらつ》き賛否いずれとも決しかねたる真向《まっこう》からまんざら小春が憎いでもあるまいと遠慮なく発議者《ほつぎしゃ》に斬《き》り込まれそれ知られては行くも憂《う》し行かぬも憂しと肚《はら》のうちは一上一下虚々実々、発矢《はっし》の二三十も列《なら》べて闘《たたか》いたれどその間に足は記憶《おぼえ》ある二階へ登《あが》り花明らかに鳥何とやら書いた額の下へついに落ち着くこととなれば六十四条の解釈もほぼ定まり同伴《つれ》の男が隣座敷へ出ている小春を幸いなり貰《もら》ってくれとの命令《いいつけ》畏《かしこ》まると立つ女と入れかわりて今日は黒出の着服《きつけ》にひとしお器量|優《まさ》りのする小春があなたよくと末半分は消えて行く片靨《かたえくぼ》俊雄はぞッと可愛げ立ちてそれから二度三度と馴染《なじ》めば馴染むほど小春がなつかしく魂《たまし》いいつとなく叛旗《はんき》を翻えしみかえる限りあれも小春これも小春|兄《にい》さまと呼ぶ妹《いもと》の声までがあなたやとすこし甘たれたる小春の声と疑われ今は同伴の男をこちらからおいでおいでと新田足利勧請文《にったあしかがかんじょうもん》を向けるほどに二ツ切りの紙三つに折ることもよく合点《がてん》しやがて本文通りなまじ同伴あるを邪魔と思うころは紛れもない下心、いらざるところへ勇気が出て敵は川添いの裏二階もう掌《て》のうちと単騎|馳《は》せ向いたるがさて行義よくては成りがたいがこの辺の辻占《つじうら》淡路島通う千鳥の幾夜となく音ずるるにあなたのお手はと逆寄せの当坐の謎《なぞ》俊雄は至極御同意なれど経験《ためし》なければまだまだ心|怯《おく》れて宝の山へ入りながらその手を空《むな》しくそっと引き退け酔うでもなく眠《ねぶ》るでもなくただじゃらくらと更《ふ》けるも知らぬ夜々の長坐敷つい出そびれて帰りしが山村の若旦那《わかだんな》と言えば温和《おとな》しい方よと小春が顔に
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